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【経営・組織コラム】2018年02月

【経営・組織コラム】2018年02月

2018.2.3 「人は変わるのか」

人材育成

先日、ある会社で社長と、若手エースと3人で話をする機会がありまして。そのエースの人が「人って変わるものでしょうか?変えようとしていいものでしょうか?」みたいな、問いを出されてて。

すごく大事だな問いだなと、私も感じましたけど、社長もそんな感じで、その問いに真摯に向き合っていらっしゃいました。

私は、個人的には「人は変わる」と信じています。そうでなければ、人材開発の仕事なんてやってられないわけですけれど。


「人は変わらないよ」という人もたくさんいます。

でも、私は、友人にも臨床心理士の人とかがいますけれど、本当に真摯な人間関係が、5年、10年という歳月をかけて「人を変えていく」という事例は、たくさん知っています。実際、企業にお邪魔して長いところは5年以上の年月ご一緒していますが、やっぱり社員さんたちの「確かな変化」を、目撃するんです。

私は、研修講師とか、コンサルタントという立場なので、「研修によって変わった!」言いたいところですが、正直、研修などで劇的に変わる人はあまりいらっしゃいません。

それより、個人的な感想としては「結婚した」「子供が生まれた」「介護が終わった」などのライフイベントは、本当に人に影響を与えるんだなぁとひしひしと感じます。


幾人かは「結婚したら、マネジャーとしても優秀になった」という例を挙げられます。

やはり、人は、公私が絡み合いながら成長するものなのだろうなと強く思います。


あと、やっぱり「会社の社風」が人を育てていくのだなと思います。とてもロジカルな会社に入社すると、ちゃんとみなさん論理性が高まっていきます。とてもチームワークを大切にする会社に入社すると、多くの社員が「よいチームワーク」を発揮するようになります。

社風、ってすごく曖昧なものですが、日ごろから、トップから中間管理職まで、コミットして大切にしているもの。それはやっぱり、人々の成長にすごく影響しますね。

そして、だから、私は「人は変わる」と信じて、仕事をしています。


その社長(私もとても尊敬する大好きな方ですが)は、エースの問いに対して、

「人を変えようとするのはおこがましい。リーダーにできるのは「変わるチャンス」を提供し続けることだけ」
「合わない人に、無理にうちの会社にいてもらうのはお互いに不幸。無理に追い出さないけれど、”自然と出て行く”ことがしやすいようにするのも、社長の仕事と思っている」


と仰っていました。

そういう想いで経営してこられて、10年黒字、5年連続増収という結果も出されていて。それは、本当に「凄み」を感じたのでした。


2018.2.13 「効果的な評価制度とは」

人材育成

ビジネスでは指標化が大事にされているが・・・


売上目標や残業時間削減目標など、特に定量的に「測る」ことがビジネスでは重要、と一般的にされているかと思います。

それは、測定できないものは、達成したかどうかも分からない曖昧なもの、非科学的なものであり、ビジネスは科学的に行われるべきであるという考え方に基づいていると言えます。それゆえに、ビジネスでは指標化、特に定量的指標化が重要だと言うことは通説になっているかもしれません。

しかし、定量的指標化ということはどういうことでしょうか?


例えば、コンビニを経営していて、アルバイトスタッフに「気持ちの良い挨拶を徹底させたい」と考えたときに、それが達成できているかできていないかを測定するために、定量指標が導入されます。

例えば「顧客が来た時に挨拶をしている回数」という風に。

  もし、そのような指標が導入され、それによって「自分の時給が上がるか下がるかが決まる」(評価と報酬の連動)のだとしたら、そのアルバイトはきっとやたらめったらたくさん挨拶をすることでしょう。まったく心のこもっていない挨拶を。

小声でぼそぼそと数だけは「いらっしゃいませ」と言うかもしれません。しかし、それによって実現したいことが実現できているわけでは、当然ありません。


では今度は、定量指標として「何デシベル以上の挨拶をした回数」とすればよいのでしょうか?

もちろん、違いますね。

怒鳴り声のような挨拶をされても困ります。ただ、音量がある範囲内におさまっていれば、それで”よい挨拶”なのかと言うと、そんなことはありませんね。挨拶は、相手の状況を伺いながら、元気そうな人には元気に挨拶を、元気がなさそうな人には優しく挨拶をする、といったような状況判断力も求められます。

本当に顧客に「気持のいい店だな」「似た近さにコンビニはあるけど、こっちに来たいな」と思わせるだけの挨拶をしようとしたら、そういうことが必要になってきますが、では、それは、どう定量的に判断したらよいのでしょうか?

監視カメラで店員の挨拶の状況を全て録画し、その声のトーン、ボリュームの適切さ、笑顔の質などを、全て定量化して測ればよいのでしょうか?


もし、それをちゃんとするとしたら「測定するためのコスト」だけで多大なものになってしまいます。。。

プロ野球などのプロスポーツの考え方に侵されている


  ビジネスの世界では、プロスポーツの世界が参考にされることは少なくありません。名監督が現れれば、それを参考にしようとするビジネスパーソンはたくさんいて、そういった新書などは、どんどん売れたりします。

しかし、ビジネスの世界と、プロスポーツの世界を安易に結びつけるのは大変危険です。いろんな面で危険性はあるのですが、今回は「指標」という観点での危険性を指摘したいと思います。

 
例えば、プロ野球選手は、年俸交渉の際に、極めて定量的なデータが多数並べられます。

・打率
・打点
・本塁打数
・打席数
・出塁率
・得点圏打率
・長打率
・犠打数
・観客動員数
・グッズ販売額

などなどなどなど。

それこそ、本当にありとあらゆる角度からデータが取られ、保存され、年俸交渉の場で活用されます。これは、ある意味、公平を期すためにとても重要なことであり、しかしこれだけデータを揃えてもなお「契約保留」などが起こるということは、それだけ公平な評価と言うものが難しいことを表しています。


まず、プロ野球などのプロスポーツなどの特殊性を考えなければいけません。

まず、プロ野球選手は「勝つ」という目的が明確であり、その「勝つ」ために野手ならば野手で、どのようなデータを高めることが、勝つことに貢献になるのかということがある程度決まっています。(ビジネスはそもそも、勝つということの定義時代が難しく、かつ貢献のバリエーションはスポーツと比べ物にならないほど複雑性があります)

そして、プロ野球選手が評価されるべきは「試合での結果」であり、そこには球団側も、選手側も異論がありません。

そしてその「試合」は、1試合2時間程度で、基本的には9人程度しか出場しません。この2時間9人分のデータをちゃんと取ることは、それほど難しくありませんし、打率などは、ある意味単純作業でデータが取れます。


では、社員100名の会社のデータはとれるのでしょうか?

100人の「試合での動き」を誰かがずっと観察してデータを取り続ける、などということはちっとも現実的ではありません。100人分、週40時間以上の行動をデータを取り続ける、などというのは全く現実的ではありません。

例えば、プロ野球であればプロセスも含めてデータを取れます。「犠打」という種類のデータが取れますが、実ビジネスでどれほど正確に「犠打」というデータを取得できるでしょうか?

ですから、極めて特殊なプロスポーツの世界で行われていることを、ビジネスの世界に転用しようなどと、基本的には考えない方が無難です。


評価指標の数が多すぎる


指標化を進めた際に、よく起こることの問題の一つは「指標の数が多すぎる」ということです。

できるだけ公正な評価をしようとした際に、評価指標が20にも30にもなっているようなケースにしばしば出くわします。そのような状況で、実際に働く社員たちが「評価指標を意識しながら働く」ことができているかというと、ほとんどの場合全くできていません。

まず単純に「覚えていられない」ということ。

人が記憶できる最大の数は「7」だという説がありますが、実際問題として10も20もある指標を全て覚えていて日々意識しながら仕事をするというのはかなり無理があります。

これは、例えばプロ野球選手でも、例えばイチローであれば「安打数」だけ特にを意識してシーズンに臨む、ということがあります。一流のプロフェッショナルでもそうやって指標の数を絞り込んで仕事をしているわけです。30もある指標を全てちゃんと意識しながら仕事をできる人は、基本的にはいない、と考えた方が合理的です。

公平性を大事にした結果、「実質的には大切にされない指標群」が生まれるのです。


また、もう一つの側面は「30も指標があったら、一つ一つの重要性の重みづけは軽くなる」ということです。

そもそも覚えていられない30の指標があり、一つがABC評価でCになったところで、100点満点中2点分しかウェイトがない。としたら、実際問題として社員は「気にしない」で仕事をするようになります。

逆に言えば、指標が4つに絞られており、それぞれ25点ずつの配転で、25点、50点、75点、100点で例えば昇給率が違うとしたら、それは「覚えていられる」ことでしょうし、「一つずつ大事にしよう」と思える範囲でしょう。


定性的指標の重要性


さて、最初の挨拶の例に戻りますが、「気持のよい挨拶をしているかどうか」は、例えばコンビニであれば、店長が実際に店員の挨拶を見れば、それはかなり判断できると言っていいでしょう。

こうして、評価者、観察者が、その主観で判断するのが「定性的な評価」ということになります。これは定量性はありませんから、公平性の証明は難しいのですが、評価としてはとても的確である、ということあり得ます。

ですから、評価指標の中には、定量的なものだけでなく、定性的なものも入らざるを得ない、というのが実質的なところのはずです。


しかし、定性的指標(例えば「挨拶の気持ちよさ」という評価観点)を、実際に運用していくのは、これまた難しさがあります。

まず「評価者の好み、という要素を排除できない」ということです。例えば店長は「これが気持ちの良い挨拶だ」と思って、他のアルバイトは「それは気持ちの悪い挨拶だ」と思うことはありえます。そのようなときに「それはただの店長の好みですよね」「ひいきですよね」と言われてしまうようなリスクがあります。

そしてもう一つの難しさは「評価者が被評価者を観察していなければ、評価できない」ということです。
  例えば店長が出勤した際にアルバイトAは気持ちの良い挨拶をしており、アルバイトBはイマイチな挨拶をしていたとします。1時間ほどの観察です。しかし、実際には残りの勤務時間7時間では、アルバイトAの方がイマイチな挨拶がおおk、アルバイトBの方が気持ちの良い挨拶が多い、ということはありえます。

そのようなときに、本当に被評価者が納得感を持てる評価をしようと思ったら「業務時間中ずっと観察し続ける」といような評価専門の人間を、人件費をかけておいておかなければならない、というようなことが起こってしまいます。

では、どうしたらよいのか・・・


私が、実際の支援先でお伝えしていることのポイントは以下です。

A.評価観点は多くても7つ以内に絞ること
B.定量指標も、定性指標も、必要なものを入れること
C.特に定性指標が一つでもある場合評価者の観察力や人格が多大な影響を及ぼすこと
D.何よりも「公平な評価制度と制度運用とは夢幻である」という教育をしっかりと社員に対して行うこと

どれも重要ですが、とりわけDは大切だと考え、そのように支援しています。。

指標化、およびそれに付随した人事評価制度は、本当に多様な形態があります。それは、会社のフィロソフィーをまさに体現したものになります。

完全年功序列で”評価”を行わない会社もあります。完全定性評価で「社長の一存で給料を決める」という会社もあります。定量評価を40個並べて、全てスコアをつけてそれを昇給率に反映している会社もあります。

どれが正解と言うことはありませんが、どのような形態をとっても、それ自体が「社員への強いメッセージ」にはなります。


安易に「指標化すればよい」「指標化とは定量化だ」などと決めつけずに、その功罪をよく見ながら、自社らしい指標設定をしていただければと思います。



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