組織開発 用語辞典:「両利きの経営」

「両利きの経営」とは

両利きの経営とは、オライリー教授とタッシュマン教授が提唱するマネジメント考え方です。

両利きの経営のポイントは、キーワードである「知の探索と深化」というところに集約されます。 簡単に言ってしまうと、既存事業について効率化を図り、収益性を向上させていく「深化」と、自社の既存事業ではない領域において、新規事業を創出し、新しい収益源を生み出していく「探索」と、両方のマネジメントをできるようになりましょうということです。

深化と探索

深化のマネジメント

深化のマネジメントでは、効率性、確実性、再現性、根拠、データ、実績・・・といったものが重視されます。上場企業を含めた多くの企業では「1年」という会計単位が重要であるため「1年以内の収益向上に貢献するか否か」という時間軸も非常に重要なものとなります。

深化型のマネジメントにおいては

「それは確実に儲かるのか?」
「どういうデータがあって儲かると言えるのか?」

といった会話が中心となります。

この会話において、主役となりやすいのはコストダウンです。例えば、300万円で販売している自動車の原価を、200万円→150万円に下げることができたとしたら、利益率は33%→50%と向上させることができます。

もちろん売上を伸ばすという領域においても深化型のマネジメントはありますが、データ、再現性、実績と言ったことを重視するため、「本当にその広告投資をしたら、売上が向上するんですね?」という発想となり、過去に成功したことのある類似の打ち手ばかりになり、マンネリ化していくリスクもあります。

探索のマネジメント

探索のマネジメントでは、不確実、未知、リスクテイク、未体験、前例のない、データのない、情熱・・・といったものが大切にされます。時間軸でいくと3年以上、場合によっては5年、10年、30年・・・といったスパンで考えることが重要になります。直近の収益向上に寄与するというよりは、長期的本質的な価値創造に重きがあります。

探索型のマネジメントにおいては

「世界はどのように動いているのか?未来はどう変わるか?」
「どんな可能性があるか?」
「私たちはどんな可能性に懸けていくのか?」

といった会話が中心となります。

探索は、未来のことについてことですから、データがありません。ですから、人間の、主観、想像力、情熱といったことが重要になってきます。

もちろん、最終的に「ビジネスに落とし込む」ということが求められますが「今すぐ収益化できるか?」という観点が強すぎると、本質的な未来を想像し、創造するという力が弱くなってしまいます。

探索型マネジメントにおいては、アジャイルという姿勢も重要となります。「リスクをとってやってみたら、その結果どうなったか?」という自分たち自身の実際のアクションを検証材料としてデータを増やしていくのです。データのない領域に取り組んでいくわけですが、自分たちの仮説を市場に投じて、データ自体を生成していく、そのデータからまた仮説をアップデートしていく・・・といった姿勢が重要となります。

日本企業の多くが深化に偏った重心

世界的にも深化に偏った企業は多いと思われますが、その中でも特に日本企業は深化に偏った企業が多いように感じられます。

高度経済成長期を経て失われた30年と呼ばれる時代を過ごしていますが、これは高度経済成長期に突き詰めた深化型マネジメントの成功体験によって、探索型マネジメントを上手く行うことができなくなり、それがそのまま失われた30年の大きな要因になったと考えることができるかと思います。

会計単位が1年である以上「1年以内の収益に貢献するか否か?」という問いが、会社の会話の中心になってしまうのも、致し方ないところもあります。

しかし「既存事業がこのままでジリ貧である」という未来予測が見えていて、なんとか新規事業を生み出していきたい、いかなければならないという認知が増えていって、だからこそ両利きの経営が、現在(2023年4月)これほど注目されているのでしょう。

「そうだ、両利きの経営をしていかなければならない」と思っている経営者の方も大勢いらっしゃると思います。 しかし、実際に推進していこうとすると、様々な壁があり、なかなか「上手に両方の手を使える会社」にはなりません。

両利きの経営の実際

まずの既存事業のマネージャーに「両利きの経営を意識してマネジメントせよ!」とお達しをだしたところで、探索型マネジメントはほぼ実行されません。

彼らは「今期の収益を確保する」という重要なミッションを担っており、それ以外のことは些末なことになります。会社の10年後の収益の種を探し、育てるということは、優先順位の低い取り組みです。

ですから、例えば部下が「10年後のために、こんな研究をやってみたいです!私に半年間の自由時間をください!」と言ってきたら、ほぼ全ての上司はそれを却下するでしょう。「3年後の収益につながるかもしれないので、この辺のチャレンジをしてみてもいいですか?」という部下からの提案でも「本当に確実に儲かるの?」と、探索の芽を摘んでしまうことは多々あるでしょう。

そうすると、新規事業(探索)の先任者を置く、専門の部署を作るなどしないと上手くいかないことになります。

しかし、もし新規事業専門の部署を作ったとしても、その部署の部長が部下に「確実に儲かるんだろうな?」と深化型マネジメントを続けていたとしたら、新規事業を生み出すことなどできません。責任者に、探索型マネジメントにパラダイムシフトしてもらう必要があるのです。

もし、新規事業の担当者が「10年後の収益の柱を作る」と思って頑張っていたとして、経営陣に「それは確実に儲かるのか?」と問われたら、最も誠実な答えは「分かりません。」になります。やってみないと分かりません、もちろんちゃんと利益がでるようになることを目指して、最善を尽くし続けます・・・そうとしか答えようがないのが探索の領域の特性です。

組織における探索と深化の両立に向けて

何が指標(KPI)となるか?

深化型マネジメントにおいては「利益」という非常に分かりやすい指標が正義となります。

しかし、探索型マネジメントにおいては「(短期的)利益」を、最重要指標とすることはできません。それでは探索の芽を摘んでしまうからです。 アイデアの量、アイデアの質、人口動態などのマクロの未来予測データ・・・などなど、様々なものが考えられますが「私たちの今のフェーズでは、何を指標として共有するか?」ということ自体も開発していくことが、探索型マネジメントには求められます。

会社としての共通認識

既存事業で日々、深化型マネジメントにそって、1円の利益を削りだすような努力をしている部署からすると、探索型マネジメントにそって10年後の未来を考えているような部署は遊んでいるように見えてしまったりします。

「俺たちが必死になって稼いだ金を、湯水のように遊んで使って、いいご身分だな」

そのように言われてしまう危険性があります。これは既存事業のメンバーにとっても、新規事業のメンバーにとっても、決して健全なことではありません。

理想を言えば

「今、私たちが既存事業で頑張って稼いでいるので、未来のメシの種をつくるのは頼みましたよ!」
「既存事業で稼いでるお金のおかげで探索を進められています。なんとか早く収益化して安心してもらえるように頑張りますね!」

というような関係性であることが望ましいでしょう。

どのような解釈、認知をする社員が多いか、は経営陣のストーリー・テリング力にかかっています。既存事業担当役員が「ホントにあいつらは金食い虫だ」などと言ってしまったとしたらどうしようもないでしょう。

逆に「新規事業を当てるのは本当に大変なことなんだよ。100回振って、100回空振りなんてことがざらにある。それでも振り続けなきゃいけないのって本当に大変なんだ。それを支えている自分たちの部署にも誇りを持ってほしいし、新規事業を作りに行っている仲間のことも応援して欲しい。」というような語りをできるかどうかは、深化(短期)と探索(長期)の両利きを本当にできる会社組織になるためには重要なことです。


    

参考

書籍
両利きの経営

両利きの経営
著:チャールズ・A. オライリー、マイケル・L. タッシュマン、 訳:入山 章栄、渡部 典子、冨山 和彦 2019年 東洋経済新報社

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