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【連載漫画】おでこのメガネ

第4話「サットヴァのとばさん」


原案・原作:石川英明 原作・作画:眞蔵修平

おでこのメガネ第4話



シンプルで自然体な生き方


とばさん。

水のように、降ったり、流れたり、留まったり、集まったり、分かれたりするサットヴァ。


ヒンズー教のタマス・ラジャス・サットヴァという概念の最後の一つ、サットヴァです。ギーターの日本語訳では純質という言葉を当てられています。

純粋。


ギーターは、執着から無知が生じ、身を滅ぼすと言っています。行為の結果に期待せず執着せず、行為そのものに専心せよ。

これが、ギーターの基本メッセージです。

最近は「マインドフルネス」などと言ってキーワードにもなっていますが、禅宗では只管打坐という言葉があって、これは「ただ坐る」ということです。


純粋に坐る。

坐るということに100%専心する。

座った結果どうなるのか?と果報を期待したり、上手く座れていないのではないか?と不安になったりすることなく、100%純粋に、坐る。

この辺の思想は、ヒンズー教であれ禅宗(仏教)であれ、極めて近いものがあるようです。




私たちは普段の生活で、頭で考え、心で感じ、体を動かす、という3つのことが、結構バラバラです。サットヴァというのは、三位一体となって、100%統合された状態、専心した状態のことを言うようです。

このサットヴァの状態は、子供によく見ることができます。キリスト教では「幼子のようにならなければ天国に入ることはできない」(マタイ伝)という言葉もあるそうです。


子供たちは、例えば、野原を駆け回るときに、それはもう100%、駆け回っています!

何のために駆けまわているかって?

そんなの知りません!とにかく今駆け回っているのです!

心も体も頭も、「駆け回る」ことに100%注ぎ込まれています!


ああ楽しい!「私は今駆け回っている!」という意識すらない!

忘我の境地!

「楽しい」という意識すらない!

「駆け回る」という現象の中に自分が溶け込んでいるかのようです。


これが、只管打坐であり、ただ坐るということであり、サットヴァということです。




ドテッ!

「ぎゃーー!あーん!あーん!」


子供たちは、泣きます。転んで、膝をすりむいて、血がにじんで、痛くて、泣きます。

これもまたサットヴァです。


痛い!泣く!痛い!泣く!

なんでか?

そんなの知らない!

痛くて涙が出てくるんだもん!

そして、ひとしきり泣いて「泣く」が完了すると、また嬉々として走り出したりするのですね!笑



サットヴァはあらゆる状態を否定しません。

「泣いてはいけない」といった期待や執着がありません。

そして、泣きたいときはとことん泣く。

そして、泣くを満喫して、完了させる。

終わる。

そしてまた次の状態を100%生きる、ということになります。


水は、急勾配では急流となり、海近くではゆるゆるとなり、水蒸気となって雲になり・・・

あらゆる状態を生きています。


それは「心軽やかに生きている」とも言えるかもしれません。

悲しいことも、嬉しいこともあるよね。

そんな自然体のシンプルでラクな生き方が、サットヴァという生き方と言えるのだろうと思います。




[2018/03/07 公開]



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原作・作画:眞蔵修平


兵庫県生まれ。元数学教師。教育問題漫画家。

眞蔵修平 公式HP
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自らの教師経験や、教育関係者との繋がりを武器に、教育現場の裏側をリアルに描く。現在は、漫画を描きながら、教育系企業数社に所属し、教育現場を変えるためのイベントや署名活動に参画。

代表作:『静寂の音』


株式会社Co-ducation


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