Vol.79 持続的な経営を実現するために ―両利きの経営から考える組織づくり
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今回のご相談内容
持続的な経営を考える上で「両利きの経営」というキーワードを最近よく見るようになりました。「両利きの経営」で言われていることの要点と実際問題どのように自社で取り組んでいけばいいのかを教えてください。
石川からのご回答
昨今話題の「両利きの経営」とは
ビジネスが持続的に進化していくためには「探索」と「深化」の両方を高い次元でバランスよく活動できていることが重要だというのが両利きの経営の主張です。
参考:オライリー,チャールズ・A.「両利きの経営」
深化は、今あるビジネスの効率を良くし、利益率を高めようとします。定量的にデータを取得し、それを分析し、合理的に改善を行っていこうとします。利益額を増やす、利益率を高めるといった目的が明確です。
どちらかというと、これまでの経営は、この「深化」に偏って行われてきました。いかに合理的に、効率化を進め、利益率を高めるかということにフォーカスされてきたわけです。
しかし、改善の積み重ねでは、本質的なイノベーションは起きません。
街のCDショップが、売れ筋商品の仕入れを増やし、店頭のディスプレイの改善を重ね、販売枚数や利益率を増やすといった努力を重ねてきても、iTunesの登場といった破壊的イノベーションが起こると、吹き飛ばされてしまいます。VUCAの時代と言われ、変化が激しく、新しいテクノロジーによって全く違うビジネスルールのモノが次々と出てくるとなってくると「深化」だけでは、ビジネスが立ち行かなくなってきました。
だからこそ「探索」も必要となると言えるわけです。
しかし、この探索という領域は、深化の領域とは相反する領域になります。
深化の領域では、部下は上司にこう言うことができます。「この改善活動をすれば、利益率の2%の上昇が見込めます。」と。そして、上司は、簡単に承認することができるでしょう。
けれど、探索の領域の活動は「その活動は、どれくらい利益率の向上につながるのだ?」と聞かれても、本質的には「分かりません」としか答えられない領域です。ですから、従来的な上司の判断からすると「その活動にGoサインを出すことはできない」となります。
こう言った探索の領域の活動を、意図的に起こっている会社の一つが富士フィルムです。
富士フィルム社は、デジカメの出現により、自社のコアな商圏を数年のうちにあっという間に失うという経験をしました。その経験から「探索の活動を、意図的にし続けることが必要だ」という認識を共有し、「それが、すぐ自社の売上につながるかどうか分からない」という領域に対して、社員の時間(つまり、人件費。つまり投資)を使うことを意思決定しています。
今期の自社の利益に直結するかどうかわからない、いつの段階で利益貢献につながるかどうかわからない、そもそも最終的に利益貢献につながるかどうかも分からない領域に、企業として投資する。それが「探索」だということになります。
しかし、探索をしていくことによって社会の動き、社会の流れを感じとることができ、自社にとっての新しいチャンス、イノベーションの芽を見出すことができるようにもなるわけです。
企業のタイプ別にみる特徴
まずは自社がどの位置にいるかをチェックしてみましょう。タイプ別の特徴を解説してみますので、自社はどこにあてはまりそうかを是非考えながら読んでみてください。
深化ばかりで探索がない
このような企業は、業務効率を高めていくことができますから、利益率を高めて、高い業績を出すことができるでしょう。しかし、長期的な見通しや対応、それに対する投資などが弱いため、市場の大きな変化が起こるとあっという間に飲み込まれて行ってしまうリスクがあります。「5年前から、なんとなく危ないと思っていたけど、もう遅かった」というようなことが起こりえます。
日本企業の多くは、このタイプに分類されるかと思います。
探索ばかりで深化がない
次々と新しいネタを発見して、新商品や新サービスをリリースできるかもしれません。しかし、リリースしたものの生産ラインを整えたり、重複したサービスを統合したりすることが不得手なため、顧客満足度も高まらず、利益率が高まらず、苦しい経営になったり、倒産してしまったりします。
ベンチャー企業や、社会起業家などにこのようなタイプが多くみられます。
探索も深化も両方とも大切にしている
徹底的に合理的に改善活動を行い、利益率を高め、利益を確保する。確保した利益を、合理的には判断できない領域に投資し、イノベーションを起こすための活動も継続している。このような企業は、持続性を高めることができます。
書籍の中では、amazonや富士フィルムなどがこの例として紹介されています。
「両利きの経営」を実現するために重要な点
まず、最も理解すべき点は、探索と深化というものは、価値観や進むベクトルが全く違うものであるということです。
全く違うものであるがゆえに、例えば「一つの部署に、両方の役割を負わせる」という方法は現実的にはまず成功しません。探索を行い新規事業を創出していこうという部署と、深化を行い既存事業の利益率などを高めていこうとする部署とは、別の部署を用意するべきだと言えるでしょう。
もう一点重要なことは「探索と深化の両面が、自社の持続的な経営にとって重要なものである」という認識を共有できていることです。簡単に言ってしまえば、探索の部署は金食い虫です。そして、深化の部署が、会社の利益を支えています。しかし、未来の会社の利益は探索の部署から生み出されます。
このことの共通理解がないと「あの金食い虫がいなければ、もっと自分たちの給料が上がるのに」といった不平不満が社会に生じることになります。批判対象とされた探索の部署も「既存のビジネスを回すだけの簡単な仕事をしていて、何を偉そうに」などと、反発してしまうことも起こります。
「持続的な経営」という一つの目的のために、それぞれ異なる重要な役割を担っているという共通認識をしっかりと持っていることができれば、問題なく経営をしていくことができます。
そういう意味において、経営リーダーにとって、
「両方とも大切なものである」
「足元の利益を生み出す活動も、未来の利益を生み出す活動も、支えあって存在している」
ということを社員に伝え、共通認識を醸成することは重要な仕事の一つと言えます。特に中小企業においては、社員全員でこのような共通認識を持っていることは、組織力の高さにつながっていきます。
実際の会社における取り組み
まず、自社の現状がどのようなものかを把握するところから始めます。
現状が、探索0:深化10といった割合であれば、足元の業績はよいかもしれませんが、未来に向けたイノベーションは起きにくいでしょう。このような場合には、探索の割合を増やす打ち手が必要となります。まずは、社員が50人いた場合、5人を探索の部署に振り分け、45人で深化を続けてもらうというような采配をすることから始まります。
50人で回していた仕事を45人でやるようになるということは大変なことですが、それをしっかりと行えるようにすることがまさに業務改善であり、深化なわけですから、そのミッションをしっかりと伝えて、取り組んでもらうようにします。
次に重要な点は、探索の部署(新規事業部)などについては、深化の部署と全く違うマネジメントを行うようにすることです。
上述したように「それは、今期中に、どれくらい利益に貢献するのか?」という観点からマネジメントを行っていては、探索の活動は機能しません。
今、市場はどうなっているのか?
どんな新技術が生まれているのか?
自社は、どのような領域で、新しいビジネスを生み出しえるのか?
そういったまさに探索の活動を行い、それをマネジメントする必要があります。「今期の売上・利益」といった指標でマネジメントせず「市場の把握度」や「アイデアの質」といった指標でマネジメントをしていく必要があります。
両利きの経営のご質問をいただきましたので、まずは基本キーワードである「深化」「探索」にそって書かせていただきましたが、この構造は、短期的な利益と、構造的な(社員の)エンゲージメントにおいても、類似しています。この点については、次回以降でお伝え出来ればと思います。
今回の回答は以上となります。少しでもこの記事がお役に立てば幸いです。
[Vol.79 2021/06/01配信号、執筆:石川英明]