Vol.95 仕事への意識を入社後にマネジメントで高めることはできるのか?
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今回のご相談内容
採用のとき、「仕事のスキル(能力)」と所謂「やる気」や「モチベーション」「関心」の高さは、どちらに重きをおいて採用する方がより会社にとって効果的なのでしょうか。
スキルはある程度教えることができるように思いますが、「やる気」や「モチベーション」「関心」の高さは育成や教育が非常に難しいので、入社後に育てることは不可能で採用段階での判断がすべてなのでしょうか。
石川からのご回答
「仕事の意識」と「仕事のスキル」ということについて考えさせられることが最近多いです。
一般的に採用では、特に中途採用においては、スキルが重視されて採用されるということがあるかと思います。「営業の経験がある」「人事のスキルがある」ということです。しかし、スキルが高ければそれだけで高いパフォーマンスを出し続けられるのかと言うと、そんなこともありません。
その仕事が好きであるとか、その仕事に情熱を持っているであるとか、仕事を通して成長したいと強く想っているであるとか、そういった「仕事の意識」ということも、仕事のパフォーマンスには影響があるものと思います。
但し、「仕事の意識」は「仕事のスキル」以上に、測定したり評価したりすることが難しいものでもあります。
採用という局面で考えると、「仕事の意識」高い×「仕事のスキル」高いという人材は、真っ先に採用したい人材と言うことになるでしょう。
「仕事の意識」低い×「仕事のスキル」低いという人材は、採用優先度が最も下がります。
「仕事の意識」低い×「仕事のスキル」高い、「仕事の意識」高い×「仕事のスキル」低いは、どちらを採用として優先するか、これはご質問いただいたとおり悩みどころかもしれません。
どちらの方が入社後に高めやすいか?
「仕事の意識」と「仕事のスキル」であれば、質問者さんが仰るように、入社後に高めやすいというのは「仕事のスキル」の方だと言えます。
スキルは体系化し、マニュアルに落とし込んだり、研修に落とし込んだりして、伝えていくことができます。思考力やコミュニケーション力といった抽象度の高いスキルですらも、かなりの部分は体系化(形式知化)することができます。
しかしそのスキルを「身につけたい」「学びたい」「成長したい」と思うような意識の部分は、高めることがより難しいと言えるかと思います。
そもそも「仕事の意識」の高さはどう測ることができるのか
仕事の意識について、もう少し細かく考えてみたいと思います。
まず、大きな軸として「受け身的」か「能動的」かという軸を持って考えられます。
ロンドンビジネススクールのゲイリー・ハメルが従順や情熱と呼んでいるものが対応していると言っていいでしょう。その軸に沿って少し水準を考えてみます。
Lv1.
言われたこともきっちりとやらない。責任感も不足している。
Lv2.
言われたことはやるが、それ以上のことはやらない。「言われていません」「教えられていません」
Lv3.
言われたことに対して、自分なりの工夫を加えて仕事をする。「ちょっと工夫してみました」
Lv4.
言われていないことに対しても、自分から考え、提案したり、行動してみたりする。「こういうことをやるのはどうでしょう?」「こんなトライをしてみたのですが」
Lv5.
「自分の役割範囲」というものに留まらず、顧客や、会社の成長のために、アンテナを張り続けている。新しい情報を仕入れ、学習し続ける。必要があればビジネスモデルそのものを考えたり、業務プロセスを改善したり、チームマネジメントなどにも踏み込んで行動していく。
こんな風に整理してみると、おそらく経営者としては「そりゃ、仕事の意識がLv5の人材が欲しい」ということになるのではないでしょうか。
あんまりLv5の人材だらけでも面倒くさい、Lv3やLv4の人材が多いのがいい。Lv1やLv2は雇いたくないというようなことも現実的にあるかもしれません。
採用の段階でも、この「仕事の意識」のレベルが、どのレベルにあるのか、それは極力精度高く判断できるように努めていきたいところではあります。
もちろん採用面接に来た人材が「私は、この意識レベルで言うとLv1かLv2です」と自ら言うことはなく「私はLv3か4、もしくはLv5で働きます!」と話すことになるので、それをいかに見極めるかということは、考えなければいけませんが。
この採用について具体的な技術もありますが、それはまた別の回に触れたいと思います。
さて、この「仕事の意識」のレベルというものは、社内の研修などで高めていくことができるものなのでしょうか?
「仕事の意識」は育成で高めることができるのか?
この「仕事の意識」が変化する、成長するということはあります。そういった人材の変化というものはなんども目の当たりにしたことがあります。
どのような要素によって変化するのか、思い当たるものを一旦羅列してみたいと思います。
成功体験
仕事に対して大して前向きではなかった人材が、仕事上の成功体験によって意識が変わったという例はたくさんあります。一皮むけた体験、と言ってもいいかもしれません。
例えば、自分のミスで顧客からクレームが入ってしまったが、必死に頑張ってリカバリをしたおかげで、顧客から高く評価され「お客さんのために一生懸命頑張る喜び」を初めて体験した、それによって自分の中の仕事観、仕事の意識が変わった、というようなタイプです。
こうした体験が「もっといい仕事をしていきたい」という欲求に火をつけることがあります。
新しいポジション
ポジションが変わったことによって変化することもあります。チームリーダーを任されたことで、期待を感じたり、責任感が高まったりして、仕事への積極性が増す、というようなケースです。
昇格というような明確なものがなくても「以前より上司から裁量を任されるようになった」と感じることで、責任感が芽生えてくるといったこともあります。
出会い
出会いもあります。
そもそも今までの上司がみんな「会社に言われたことをこなすのが仕事だ。仕事なんて楽しくない」というタイプだったのが、新しい上司は「仕事は楽しいよ。自分は仕事を楽しんでる。自分から仕掛けていった方が仕事は楽しめるよ」というタイプに初めて出会う。
そんなことから影響を受けて、仕事観や、仕事の意識が変化することもあります。
気づき
給料はもらって当たり前、残業がないように会社が仕事を割り振るのが当たり前、そのように思っていたのが、何かの気づきがあって、「先輩たちが頑張ってきてくれたから、ちゃんと会社が毎年黒字で、給料がもらえているのだな」とか「時には、残業をしてでも仕事をしっかりとやりきることが会社のためで、それが自分のためにもなるのだな」といった風に考え方が変わることもあります。
それによって責任感や、積極性が高まるといったケースも多々あります。しかし、これらは「これをすれば、必ずこうなる」というようなものではありません。
科学の知と物語の知
「すると一人の医師が立って、劇的な出来事について報告した。海釣りマニアの中年の患者が、どうしても酒をやめない。ところがある日、悪天候にもかかわらず海岸の岸場で釣り糸を垂れていたら、突然大波にさらわれそうになった。懸命に岩にしがみついて必死に這い上がろうとした時、《俺は死にたくない。ここで死んだら家族が大変なことになる》という思いが、電撃的に頭の中を走った。その患者は、その日からぴたりと酒をやめたという。」
「今の話は素晴らしいですね。では糖尿病の患者さんに酒をやめてもらう方法として、荒れた日に海釣りに出かけてもらうのが有効かどうか、そのエビデンスをつかむために、みなさんの患者さんの中から例えば三十名を選んで実験してみてはいかがでしょうか。仮にそのうちの30パーセントの人が酒をやめたとしたら、これは有効な治療法として学会でも通用するでしょうね。会場の医師たちから爆笑が起きた。」
「臨床家 河合隼雄」P209
これは長く人の変容、変化ということを臨床心理士として支援してきた京都大学教授の河合隼雄が、糖尿病などの生活習慣病の専門医たちの研究会に出席した時のエピソードです。
上述した【成功体験】【新しいポジション】【出会い】【気づき】といったものは、ここで描かれている「荒れた日の海釣り」のようなものです。「荒れた日に海釣りをすれば、糖尿病患者は必ず酒をやめる」というような方程式にはなりません。しかし、そのようなケースもあったというのは事実です。
科学というのは
「Aをすれば、必ずBになる」
「100人がAをすれば、30%はBになる」
というような思考法ですが、人間は科学だけで生きているわけではなく、心も持って生きています。
心、つまり「仕事の意識」の方は、それほど科学的に取り扱えるものでもなく「この研修をすれば必ず、社員の意識レベルは3以上になる」というようなことにはなりません。
しかし、だからといって「仕事の意識のレベルは変わらない」と言ってしまうのは暴論だということになります。
マネジメントの実際問題としては「社員の仕事意識のレベルが上がるような機会を、常に複数存在させておく」そのことによって「タイプや年次などによって、ちょうどその機会を、意識向上につなげるタイミングが生じる」ように、していくことが必要だということになるでしょう。
成功体験によって「仕事の意識」のレベルが上がる人材もいるかもしれませんし、上司との出会いによってレベルが上がる人材もいるかもしれません。新しいポジションについたことでレベルが上がることもあれば、研修や読書や友人との会話での気づきによって、レベルが上がることもあるでしょう。
「これをすれば、必ずそうなる」とは言えないものの「そういった機会がほとんどなければ、意識が変化することもない」ということはかなりの部分言えてしまいます。
意識向上の機会を、マネジメントとしては網羅的に張り巡らせておく。
そのことによって「うちの会社に入った人材は、スキルだけでなく、ビジネスパーソンとしての意識も成長していく」。そういった会社を作っていくことはできるものと思います。
今回の回答は以上となります。
いつも最後までご覧いただき、ありがとうございます。
編集後記
最近は、事業継承のお手伝いをしていたり、組織作りの根本的な戦略から検討していたり、管理職研修の内容を練りに練ったりしています。どれも一筋縄ではいかない、難しさのあるものばかりです。
私達のやっている仕事は「似たような仕事」はあったとしても、全く同じ仕事ということは一つとしてありません。経営者のお考えも、事業環境も、会社の歴史も、ビジネスモデルも、全てが同じということはないからです。
ですから、毎回「今、この会社にとって最善は何か?」ということは考え続けなければいけません。
難しいことばかりですが、だからこそ飽きることもなく、10年以上もこの仕事に取り組み続けられているのかなとも思います。
[Vo95. 2021/10/13配信号、執筆:石川英明]