組織開発 用語辞典:フロー体験理論
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フロー体験理論(Flow)とは
フロー体験理論とは、 アメリカの心理学者、チクセントミハイ教授によって研究された 「人の集中力が高い状態はどういうときに生まれるのか」に関する理論です。
チクセントミハイ教授は、大量の被験者に「1日中の自分の状態を記録してもらう」という地道な研究データを集め、一人一人が1日の中でどんな心理状態、集中状態で過ごしているのかのデータを集めました。
そして「没頭している」という状態にいるための条件と、没頭している状態そのものの素晴らしさについて発見しました。それをまとめて「フロー体験理論」としています。
この「フロー体験理論」は非常に示唆に富むもので、人の心理・能力といったことに対して非常に包括的に研究をされており、フローの概念は、ポジティブ心理学の主要な部分を占めると言われています。
フロー体験理論の中核的な示唆は、「高い集中力には、適切な難易度が重要である」ということでした。
人は、自分の現在の能力に対して高すぎる難易度のものに取り組むと”不安”という状態になります。この不安の状態が続けば、うつ病などになる、メンタルのリスクが高まります。
また人は、自分の現在の能力に対して低すぎる難易度のものに取り組んでいると”退屈”という状態になります。この状態では、社員の能力をフルに生かせていないだけでなく、退屈を感じている優秀な社員は、活躍の場を求めて離職してしまうリスクが高まります。
自分の現在の能力に対して、適切な難易度のものに取り組んでいるときに、人は最も集中し、生産性が高く、学習効果も高いのです。この状態を”フロー”と呼んでいます。
この”適切な難易度”というものは”当人にとって、頑張れば今の能力でクリアできるか、できないかの挑戦的なライン”ということになります。
加えていうと、当人にとって、とてもクリアできることが想像もできない目標設定では、不安の状態に陥ってしまって、パフォーマンスが低下してしまうということになります。
なお、社員を「不安ゾーン」か「退屈ゾーン」か、どちらにおいているケースが多いかというと、「不安ゾーン」に置いているケースの方が多いようです。
「これくらいできるだろう」「もっとできるはずだろう」という、優秀な経営者や、優秀な上司の過度な期待のために、不安ゾーンに置かれてむしろパフォーマンスが低下してしまっている社員が多数存在しています。
フロー状態に入る条件
チクセントミハイの研究により、集中力が高い状態を生み出す条件として、以下のものがあると分かりました。研究結果としては8要因ありますが、ここではビジネスで考えやすい4要因を詳しくご紹介したいと思います。
1.目的が明確(≒意義)
これは、その活動に対して本質的な価値があると本人が感じられていて、活動が苦にならないということです。フロー状態になるためには、その人にとって「この目的に向かって頑張りたい!」「この目的には価値がある」と思えることが重要です。
企業組織で言えば、経営目標やビジョン、また自分の仕事に対して共感・情熱がある状態ということになります。
また、その目標に対して、成功する可能性があると信じることができているかどうかも大事なポイントです。目標に価値があると感じられていても「実現できるわけがない」「叶えられるとは思えない」と本人が思っている場合は、この条件は適切に機能しません。
2.能力と難易度のバランス
前段で解説したとおり、人の集中力の高さを引き出そうとするとき、取り組む内容の難易度の設定が絶妙である必要があります。
本人にとって、現在の能力に対して適切な難易度のものに取り組んでいるときに、人は最も集中し、生産性が高く、学習効果も高くなるのです。
これはゲームに最も現れるのですが、最も没頭するゲームというのは、難易度設定が絶妙なのです。
簡単すぎるゲームもクソゲー、難しすぎて絶対クリアできないといったゲームもクソゲーということになります。
逆に没頭するゲームは「絶妙に、ちょっと難しくて最初クリアできない」「けれど、2回目3回目には頑張ってクリアできる」「次の面はまたちょっと難易度が絶妙に上がっている」といったことが繰り返され、それによって「ずーっとはまり続けている」というような状態が起こります。
人の集中力と、取り組む対象の難易度は、非常に関係が深いのです。繰り返しになりますが、高すぎる難易度のものに取り組んでいると不安、低すぎる難易度のものに取り組んでいると退屈という状態になります。
適切な難易度の仕事であるということと社員を甘やかすということ
フロー体験理論に則り、「社員一人一人に適切な難易度の仕事を振る」となった場合に、一番懸念されるのは「社員を甘やかすことになるのではないか」ということです。
「そんなレベルで満足してもらっちゃ困る」「こんなに足りないところだらけなのに、褒めるところなんてない」こういった解釈・判断があります。
しかし「適切な難易度である」ということと「甘やかす」ということは全くの別物です。中学生が3×3を間違えても「いいよ、いいよ」というのは甘やかすことかもしれませんが、小学1年生が3×3が分からなくても、これは甘やかしていることにはなりません。
日本では「横並び成長」の意識が強いため、●年生だったらこれくらい分かるはずといった学年や年齢での判断も多くされるのですが、実際にはビジネスのスキルや知識は、むしろ部活動に近いものです。
バスケットボールのドリブルが下手だからといって「中学生として失格である」ということがおかしいことは、みなさんお分かりのことです。
むしろ高校のバスケ部で「中学経験者だらけに混じって、未経験者の彼はとても頑張っている」などと判断することが多いでしょうし、この比喩の方が比較的適切な比喩と言えます。
一律で判断をして「甘やかしになる」と断定するのではなく、人材それぞれの個別性に対して「適切な難易度の仕事に取り組んでもらう」 としていくことが重要です。
3.迅速なフィードバック
これは、「自分がやったことが、どれくらいプラスになっているのか、マイナスになっているのか、それが分かる」ということです。
これも、ゲームでは明確にプレイヤーを掴むことができています。ゲーム中の敵を倒して得点が入ればプラスですし、、逆に、自分が敵にやられてヒットポイントが減っている、みたいになればマイナスです。
これが明確に分かるということが、没頭するためには重要なのです。
逆に言うと仕事をしていて「これが役に立っているのか、立っていないのか、分からない」というような状況があるとすると、その仕事に対して没頭することは難しくなります。
例えば、新人が掃除当番になって、1か月掃除をし続けたとします。しかし、誰からも何もフィードバックがない。やってなくてもバレないんじゃないか?くらいの気持ちになってくる。そういう時は、掃除という仕事になかなか没頭できないでしょう。
しかし、例えば週に1回でも「お、掃除ありがとう」「キレイにしてくれて、仕事しやすいよ」といったフィードバックがあれば、自分の仕事の価値を実感することができます。
一般的に営業職はフィードバックループが自然発生的にあります。
「今月は頑張ったから、売上が伸びた」といった”フィードバック”がすぐ分かるため、それほどこのフィードバックループについて意識する必要がありません。お客様からも直接「ありがとうございました」といったフィードバックをもらえる機会も多くあります。
営業という職種に、比較的意欲の高い人材が多いのは偶然ではないのです。
職種の特性上、目標を設定し(よし、今月いくら売上つくるぞ!そしたら賞与も増える!)、フィードバックがある(実際に売れたぞ!売れなかったぞ。。)といった、意欲が高まる要件が満たしやすいのが営業という職種なのです。
しかし、働く人の多くは自分がどれほど成長したのか、自分の仕事がどれほど貢献したのか。日々、忙しく仕事をしていると、それらをなかなか実感できずにいたりします。
何も経営として手を打たなければ「営業しか元気がない」などということになりかねませんが、しかしそれは防げるわけです。
しっかりとフィードバックループが回るように、例えばちゃんと上司と部下で 「成長や貢献を振り返る時間・場所を持つ」 といったことをすることが重要となります。具体的にはことが大切になります。
そして、社員が「自分は成長している」「自分の仕事は貢献している」といったことを実感できるようであれば、これはそのまま、社員の意欲、パフォーマンスを高めていくことになるのです。
4.集中できる環境
これは文字通り、集中するためには環境設定も重要ということです。これは「他のことに煩わされずに、目的に向かってそれだけに専念できる環境がある」ということです。
具体的には例えばトリンプ社で「頑張るタイム」というものが設けられていましたが、これが一例になります。私語禁止、電話も出なくていい、自分の業務に専念していいよ、という時間を会社として用意していたわけです。
当然ですが、時間や場所などそれぞれの業務に適した職場環境をある程度用意することも必要になります。
この4つがそろうと、俗にいう「没頭している」状態になります。
「没頭している」というのはなかなかすごい状態です。
みなさんも子供の頃、例えばプラモデルを作っているなどして「気が付けば日が暮れていた」みたいなことはなかったでしょうか?あれが没頭です。
没頭状態の特徴のひとつに、「幸福度が深い」というところがあります。
セリグマンの研究によると、没頭時間が長いということと、幸せな人生であるということは、大きな相関がありました。
そして、当たり前と言えば当たり前ですが、没頭していると、集中していないで何かに取り組むよりもはるかに得られる成果が大きくなります。かけた時間で出せるアウトプット(成果)もそうですし、学習や成長も没頭時間では大きく得られます。
没頭しているとき、人は、非常に集中力が高く、目的に対して創造的思考が働き、効果的に学習でき、高いパフォーマンスを発揮できるのです。
生産性高い組織は、社員の没頭度が高い、と言い換えても過言ではありません。
もちろん経営陣からすれば社員には「没頭」して仕事をしてもらいたいものですし、社員の側からしても「没頭」している状態は、充実感や幸福感につながる素晴らしい時間です。フロー体験理論が示唆していることは、組織づくりを進める上でも欠かせない要素です。
参考
書籍
フロー体験 喜びの現象学 (SEKAISHISO SEMINAR)
著:チクセントミハイ、訳:今村 浩明 1996年 世界思想社
TED
ミハイ・チクセントミハイ: フローについて
Mihaly Csikszentmihalyi TED2004