組織におけるビジョンの重要性

私たち組織コンサルタントが、ご相談いただき、お客様のところへお伺いして初めにすることは、経営者の方に、「それで、(この会社を)どうしたいですか?」と尋ねることです。

この「会社をどうしたいですか?」という部分を、主に「ビジョン」または「経営理念」と呼びますが、「夢」と呼ぶのか、「目標」と呼ぶのか、「価値観」と呼ぶのか、「ミッション」と呼ぶのか、「社是」と呼ぶのか、「行動指針」と呼ぶのか…言葉にはこだわっていません。

ここでは、まずは細かい定義にはこだわらずに「ビジョン」という言葉で統一したいと思います。

繰り返しになりますが、呼び方は何であれ、組織づくりで初めにするべき大事なことは、「会社をどうしたいか(理想の組織の姿)」を描くことになります。

   

この会社をどうしたいのかを描く

      

とはいえ、ビジョンや経営理念は、一般的にほとんどの企業がホームページに掲げており、社内に大きく貼り出しているような会社も少なくありません。ビジョンや理念と呼べるものがひとつも存在しない会社は非常に珍しいでしょう。

   

しかし、その効果に疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

せっかく作ったビジョンや経営理念、行動指針も、数年前につくったきり、すっかりほこりをかぶっており、形骸的なものになっている企業もたくさんお見受けしました。

例えば、経営理念は「すべてはお客様の笑顔ために」と書いてあったりします。けれど、確かにお客様の笑顔は大事だけれど、稼ぎも大事だよねであったり、「笑顔も大事だけども…」となっていたり。 誰がこのビジョンや理念を日々意識して本当に信じているんだろうといったような状況です。

一方で、ビジョンや行動規範を作りましょう、ということは経営書に書いてあったり、多くのコンサルタントが言っていたりするので、この記事を読んでいる皆さんも「立派なビジョンをつくらなくては」と実行されてきたかもしれません。

   

そもそも何故、組織において、また経営において、ビジョンは重要だと言われているのでしょうか。

今回は、組織におけるビジョン(経営理念)の重要性を解説していきます。

   

ビジョンは誰のためにあるのか

それでは、会社のビジョンを明文化することは、ビジネス上で、主に誰に対してどのような効果があるのでしょうか。

ビジョンを最も共有すべき相手は社員です。

顧客は、会社のビジョンにはほとんど興味を示しません。もっと具体的な、サービス・商品のベネフィットやストーリーに興味があります。

   

それでも会社のビジョンを明文化するのは何のためか。極論を言えば、トップの想いを明確化して、実際ビジネス上の効果が現れるのは「社員のやる気が高まる」「社員の離職率が下がる」といった、社員マーケティングの領域です。

「給料払ってるんだから、うちの理念に賛同して頑張って当然だ!」という気持ちも分かりますが、人間の心はそんなに簡単ではなく、給料を払われているだけでは、会社のビジョン・理念に対して無条件にコミットできるわけではありません。

と言うより、むしろ社員のモチベーションを高める施策の一つとして「ビジョンを明確化する」というアクションを取ることが多いでしょう。

そしてこの観点があるからこそ、前述したように、経営コンサルタントは「もっと立派なビジョンを描いてください」と指導するのです。

      

社員のモチベーションを高める

    

人々は、ビジョンに向けて力を能動的に発揮していきます。

最も有名な例としては、キング牧師は「I have a Dream.」というスピーチを通じて、人種差別のない世界というビジョンを世界に示しました。これが公民権運動の力になったのは間違いありません。

オリンピック選手なども「金メダルを取りたい!」というビジョンがあり、そのために4年間努力し、成長し、成果を出していくことができます。

チーム競技であっても、例えばプロ野球チームであれば「優勝したい!」というビジョンがあり、そのビジョン実現のために、みんなで頑張ってやっていけるわけです。

    

これは会社組織でも同じことです。「そのビジョンの実現のために、自分の全力を尽くしたい」と、そう思えるビジョンがあれば、社員は自然と頑張ります。

これは、さまざまな心理学や経営学の研究でも、社員が「ビジョン」に共感していることでもたらされるプラスの効果は示唆されています。

   

チクセントミハイ博士の「フロー体験理論」では、人が没頭し、最も集中力が高い状態を生み出す要素について言及しています。

そして、人が最高に成長し、成果を出し、充実感を感じる状態になるための、第一の要素として「目的が明確である」ということを挙げています。

これは、その人にとって「この目的に向かって頑張りたい!」「この目的には価値がある」と思えるということです。つまり、ビジョンへの共感・情熱がある状態ということです。

   

チクセントミハイのフロー体験理論

           

「ビジョナリーカンパニー」では、BHAGという概念について解説されています。

BHAGはBig Hairy Audacious Goalsの略で”社運を賭けた大胆な目標” です。これは例えば小さな町工場が「世界一の飛行機を作る!」といった、自社の現状では到底難しそうな、しかし一方でそれを成し遂げられればそれは本当に素晴らしいと思えるような目標を設定する重要性を述べています。

BHAGは重要で、効果的な目標設定であるのですが、ここでも、この目標が効果的であるには”それを成し遂げられればそれは本当に素晴らしい”と社員一人一人が想像できていることが不可欠だとも解説されています。

そういう意味で、ただ野心的、挑戦的な目標を設定すればよいということではなく、やはり一人の社員にとって「私は、この目標を達成したい」と思えることが重要なのです。

      

ビジョンと自分の仕事の「意義」

強い組織は、人々の能力を上手に引き出し高めています。

社員がその能力をいかんなく発揮し、また自然と高め続けていく土台はやはり一人一人の「モチベーション(意欲)」にあるのです。

近年、Googleやセムコなど、人本位の経営を行い、社員の意欲が高まり、能力が高まり、発揮されるように意識して経営されている企業の存在感が増しています。

   

もちろんビジネスモデルは重要です。

例えば「コンビニエンスストア」というビジネスモデルは成功しましたし、その成功要因において「レジスタッフのモチベーション・意欲」がどれほど影響が大きいかというと、それは怪しいところがあるでしょう。

一店舗ずつの成功・不成功の要因としては、出店の立地などの方が大きな影響があるのは間違いありません。

しかし「コンビニエンスストア」というビジネス全体で言えば、調達、出店調査、新商品開発・・・・等々、人々の能力が必要であり、知恵が必要であり、能力と知恵とを出そうとする意欲が必要である、ということは明白です。

コンビニA社は、商品開発担当者の意欲が極めて低く、コンビニB社は、商品開発担当者の意欲が極めて高い、となれば、かなり短期の間にも業績においても差が生じることでしょう。

そして、この社員の意欲・モチベーションを支える最大のポイントは、「ビジョン」の存在なのです。

   

よく経営は、プロスポーツチームの運営に例えられることがありますが、プロスポーツチームの運営は、ほとんどの場合において企業経営よりも難易度が低いものです。

というのは、プロスポーツチームにおいてはこの「共感するビジョン」を用意する苦労があまりないからです。

プロスポーツの選手からすれば、「もっと競技を上手くなりたい」「勝ちたい」「優勝したい」「よりよい成績を残したい」という気持ちは、自然と持っているからです。

例えば、サッカー日本代表の監督をやったとして「呼んだ選手たちのモチベーションが低い」ということはあまりないわけです。

       

会社組織をスポーツチームに例えるのは間違っている

     

しかし企業経営においては、自社にいる人材に「そのビジョンの実現のために、自分の全力を尽くしたい」と思ってもらえるようなビジョンを用意することを、手間をかけて考えなければいけません。

    

ポジティブ心理学の権威であるマーティン・セリグマンはTEDでも「意義」の重要性を述べています。ハーバード大学のタル・ヘン・シャハーもその書籍「HAPPIER」のなかで「意義」の重要性について述べています。

ビジョンは、自分の仕事に「意義」をもたらすものです。誰しも、意義がないこと、意味がないことに、自分自身を従事させたくはないものです。

    

これを端的に示す、最もわかりやすい例はP.F.ドラッカーが伝えたと言われている「3人のレンガ積み職人」の話でしょう。

「炎天下にレンガを積んでいる三人のレンガ積みのそばを、旅人が通りかかった。旅人は、それぞれ三人のレンガ積みに「あなたは何をしているのですか?」と声をかけた。旅人の問いに対する答えは三者三様だった。

一人目のレンガ職人は「見れば分かるだろう・・・。私は親方の命令でレンガを積んでいるんだ」と答えた。

二人目のレンガ職人は「私はレンガを積んで塀を造っているんだ」と答えた。

三人目のレンガ職人は「私はレンガを積んで立派な教会を造っているんだ」と答えた。」

「レンガを積む」という行為そのものは変わりませんが、3人目の職人は明らかに「意義」を感じているわけで、仕事の質、例えば「キレイにレンガを積もう」とするかどうかなどに、差が出てくることは容易に想像できます。

     

レンガ積み職人

       

本稿の冒頭で、私たちコンサルタントが、ご相談いただき、お客様のところへお伺いしてまず最初にすることは、経営者の方に「ビジョンを尋ねること」とお伝えしましたが、組織マネジメントの各施策を進める上でも、ビジョンの生成や共有は非常に重要な意味を持ちます。

というのも、部署間の連携や部署内のチームワーク向上においても、社員一人一人の人材育成においても、評価制度の制定や採用活動においても、全ての施策は、この組織のビジョンに沿って、整合性を取りながら進めることが望ましいからです。

      

「ビジョンが、日常で業務をする際に最優先の判断軸となっている」、これが理想的な状態です。

これも極端な例ではありますが、もし組織としてのビジョンで、「チームワーク良く、調和して働く会社」と掲げているのに、うちは徹底的な個人成果主義で評価するし、採用の際も、個人プレーでも売上を立てられる人材重視で、協調性や他者への共感性は気にしていないからとなったら、当然現場の社員はさまざまな場面で混乱します。

このように、言語化されたビジョンと、実質の重要なことが乖離していると、組織に大きな混乱を引き起こしてしまいます。

ですので、組織マネジメントにおいてはどの施策を始める前にも、まず、経営者が心から実現したいと思える本物のビジョンを、ある程度 打ち出しておくことがポイントです。

       

それではどうやって、本当に機能するビジョンを描いていくのか。その考え方については、次で解説していきます。

    

強さ×大きさでビジョンを描く

本当に機能するビジョンの考え方
 

   

私たちは、ビジョンや経営理念を、「強さ」×「大きさ」の2軸で考えています。

「強さ」というのは、あなたがそのビジョンに対してどれだけ本気で、本心からを実現したいと思っているかの部分です。

「心の底から望んでいることか」「そのビジョンに対してどのくらい情熱を感じるか」「このビジョンのためだったらどれだけ頑張れるのか」が、ビジョンの「強さ」の要素です。

そして、そのビジョンについてどれだけ多くの人が共感しているかが、「大きさ」の部分です。

ビジョンの本当にコアな部分は、それが本心であるなら、「フェラーリに乗りたい」「俺が金持ちになりたいから」で構いません。

隠して綺麗なビジョンを作ったところで、必ずにじみ出て社員には伝わります。「結局社長が望んでいるのは自分が金持ちになりたいだけでしょう?」と。

けれど、社長のためにやらされてるんだと社員が働いているのは嫌なのであれば、社員にとっての価値もビジョンに盛り込んでいく必要があります。

例えば、別に俺ひとりだけではなく、一緒に働く社員も金持ちになったら嬉しいし、自分もそれを望んでいる。なら、「社長も金持ち、社員も金持ち」な会社を目指すか…といったように。

これがビジョンを「大きくする」ということです。

   

最終的には、強くて、大きなビジョンを描いていきますが、大きさを先に広げてしまうと、強さが弱まり、ついつい機能しない飾りもののビジョンになりがちです。

ですので、まずは強いビジョンを描くことをおススメしております。

    

「強い」ビジョンを描く

ビジョンの「強さ」とは、先ほど申し上げましたとおり、そのビジョンに対してどれだけ本気で、本心からを実現したいと思っているか、という部分になります。

ビジョンに対する社員のコミットメントレベルについて、書籍『学習する組織』で言及されている内容を参考にご紹介します。

     

ビジョンに対する
コミットメントレベル 
『学習する組織』

Lv.7 コミットメント
  • それを心から望む。あくまでもそれを実現しようとする。
  • 必要ならば、どんな「法」(構造)をも編み出す。
Lv.6 参画
  • それを心から望む。
  • 「法の精神」内でできることならば何でもする。
Lv.5 心からの追従
  • ビジョンのメリットを理解している。
  • 期待されていることはすべてするし、それ以上のこともする。
  • 「法の文言」に従う。「良き兵士」
Lv.4 形だけの追従
  • 全体としては、ビジョンのメリットを理解している。
  • 期待されていることはするが、それ以上のことはしない。
  • 「そこそこ良き兵士」
Lv.3 嫌々ながらの追従
  • ビジョンのメリットを理解していない。だが、職を失いたくもない。
  • 義務だからという理由で期待されていることは一通りこなすものの、乗り気でないことを周囲に示す。
Lv.2 不追従
  • ビジョンのメリットを理解せず、期待されていることをするつもりもない。
  • 「やらないよ。無理強いはできないさ。」
Lv.1 無関心
  • ビジョンに賛成でも反対でもない。
  • 興味なし。エネルギーもなし。「もう帰っていい?」

     

ビジョンに対して上述したLv7の段階に、まず経営者自身がいないといけません。「これを実現したい!」と情熱的に思っているということです。繰り返しになりますが、これがビジョンの「強さ」です。

このビジョンの強さを無視した「見栄えだけいい」ビジョンが世の中にはたくさんあります。例えば「すべてはお客様のために」みたいなビジョンです。

これは、本当に心からそれが自分の望みだと思えていればいいのですが、実際にはそういうことはほとんどありません。そういう見栄えだけのビジョンを語っているとき、経営者の顔は全然イキイキとしていないのです。

   

これまで接してきたお客様で、例えば「本当に望んでること。。。え、、、やっぱりフェラーリ乗ってみたいですけど。。。」と言いつつ、顔が輝いてきた方がいらっしゃいます。

これが、その社長にとっての「強いビジョン」です。「フェラーリ乗りたいぞ!」という。そのためにだったら、頑張れる。この「そのためにだったら、頑張れる」というのが、とても重要なわけです。これが「ビジョンの強さ」ということです。

オリンピック選手は「強いビジョン」を持っています。「絶対金メダルを取りたい!」とかって強く思っているわけです。だから、4年間が大変でも、頑張れる。

これがビジョンにとって重要なことは言うまでもありません。逆に言えば「よし、大変でも頑張ろう!」と思えないものは、すでにビジョンですらないのです。

   

スポーツ選手は強いビジョンを持っている
出典:写真AC

    

「強いビジョン」であることは、必須です。その社長にとっての「強いビジョン」です。「フェラーリ乗りたいぞ!」という。そのためにだったら、頑張れる。この会社のトップ社長にとってLv7であることは最重要と言っていいでしょう。

本当にそれが実現したいのであれば「日本の介護問題を解決したい!」でもいいですし、「世界の環境問題を解決する!」でもいいです。

私は「俺がフェラーリに乗る!」もOKだと考えています。大事なことは「強く願っている」ということです。その想いの強さです。

   

では、会社の社長が「うちの会社のビジョンは、私がフェラーリに乗れるようになることだ!」とビジョンを社員に提示して、そうしたらどうなるでしょう?

そのビジョンを提示されて、共感して「よし、そのために頑張ろう!」と思える社員はなかなかいないと思います(笑)

ここで出てくるのがもう一つの要素であるビジョンの「大きさ」です。

この「大きさ」というのは、どれだけ多くの人がそのビジョンに賛同し、共感してくれるものかということです。ビジョンに対するコミットメントレベルがLv7やLv6の状態で社員がいられるかどうか、ということです。

    

「大きい」ビジョンを描く

先ほど例に出した、「社長がフェラーリに乗る」というビジョンは、ビジョンを出した社長にとっては「強い」ビジョンですが、どれだけ多くの人がそのビジョンに賛同し、共感してくれるものかという「大きさ」の部分を考えると、小さいビジョンと言えます。(大きくて弱いビジョンよりは、私はいいと考えていますが)

この小さくて強いビジョンを、強くて大きいビジョンに描きなおしていく作業が、経営者にとっては大切になってきます。

    

以下は前述の社長との会話の続きです。

「さて。これ、社員に言ったら、”よし!社長をフェラーリ乗せるぞ!”って社員は盛り上がりそうですかね?」

「いや、まったく無理ですね(笑)」

「ですよね(笑)。強さを減らさず、でも社員も燃えてくるようなものにしていくとしたら、どんな感じになりそうでしょう?社長、社員の方にも「こういう幸せを手にして欲しいなぁ」と思うものは、何かありますか?」

「ああ、、、そう聞かれると、僕だけが高級車乗りたいわけじゃなくて。もちろん社員にもポルシェ乗ってもらうとか、別に車じゃなくていいんですけど、旅行が好きなら旅行に行ってもらうとか、そうやって人生を満喫してもらいたいなと思いますね」

・・・という感じで出てきた、その会社のビジョンは以下のようになりました。

社長はフェラーリオーナーの夢を叶える!

みんなも、乗りたい車乗ったり、行きたい旅行に行ったりする夢を叶える!

    

このビジョンは「強くて大きい」ビジョンとして、しっかりと機能しました。社長も、社員のみなさんも「うん、そのために頑張ろう!」って思えるものだったのです。

これはあくまで一例ですし、例えば対外的にホームページなどに掲載するビジョンとしては、もう一工夫必要だったりもします。

しかし、私たちは、ビジョンの一番の役割は、対外的でなく、対社内的に「組織全体の方向性を束ねる」ことであると考えているため、このような社長も社員も盛り上がった!というビジョンであることを最重要視しています。

ビジョンは、そのビジョンを示したら本当に社員に響くのかを考えていく必要があります。これは、先ほどの強くて小さいビジョンとは別に、社員向けの新しいビジョンをゼロから描くという意味ではありません。

今 描いた強くて小さいビジョンがどんなものかではなく、その強くて小さいビジョンを、社員の状況やニーズにあわせて、どう通訳して伝えてあげるか、といった側面です。

       

「翻訳して」
大きなビジョンに描き直す

ビジョンを翻訳して描き直す際は、社員ひとりひとりの違ったニーズを全て満たすことが理想ではありますが、社員数が10名を超えてきたとき、それを実行するのは現実的に非常に困難です。

そこで参考になるのは、人間の「ニーズ(欲求)」に関する有名な心理学の研究、マズローの『欲求階層説(自己実現理論)』に基づく考え方です。始めに、欲求階層とはどのようなものかをご紹介します。

マズローの欲求階層説(自己実現理論)は、触れたことがある方も多いかと思います。その名の通り、人の欲求には階層があるとする考え方です。心理学者のマズローが提唱しました。欲求は、基本的に以下の5つの階層に分けられます。

     

マズローの欲求階層説(自己実現理論)

       

欲求階層説の重要な点は以下の部分になります。

【下位の欲求が満たされて、自然と上位の欲求が生じてくる】
【下位の欲求が欠乏してくると、上位欲求は減退し、下位欲求が中心となる】

    

マズローの欲求階層説からわかることは、職場においても、社員の欲求階層によって、一番満たしてほしいものや仕事に感じる意義も違うということです。

会社には、実際問題として、それぞれの欲求レベルの人が存在しています。うちの会社はこの層にいる社員が多いという傾向はあるかもしれませんが、基本的には、どの層にも何人かずつは当てはまりそうな社員がいるのではないかと思います。

だから大きな「全社員に響くビジョン」にしようと思うと、各欲求レベルの人が「そのためになら頑張りたい!」と思うように”翻訳”をしていくことも大事になってきます。

例えば、会社のビジョンとして「世界の環境問題緩和に貢献する」ということを掲げたとします。これは自己実現欲求人材には響くビジョンです。

「ああ、自社の仕事は、世のため人のために貢献しているんだなぁ」というように思えるからですし、それによって意欲が刺激されるからです。

しかし、他の4つの種類の人材には響きません。なので、もう少しビジョンに対して「このビジョンが実現されていくことで、あなたにとっても素晴らしいことがあるよ」という翻訳をしていくのです。

       

社員の層別アプローチの考え方

次から、マズローの欲求階層説を基に、各層にいる社員へどのようにビジョンを提示したらいいのか考えていきますので、是非自社で該当しそうな社員を思い浮かべながら、読んでみてください。

        

生理的欲求

最下層の生理的欲求(寝る、食べる)は、満たされていれば、次の安全の欲求(安心して暮らしたい、など)が生じてきます。しかし、何日も食べることができていない、ともなれば安全の欲求などいいから、まずは腹を満たしたい。そればかりが欲求として強くなる、という状況です。

現代の日本社会において、生理的欲求が満たされていないという人はそれほど多くないと思います。会社員という立場であればなおさらです。

ですので、ビジョンを提示する対象としては、次の「安全の欲求」から考えていきます。

     

安全欲求

安全欲求は、安心して暮らしていたいといった欲求です。

「いつクビになるか分からない」「来年もちゃんと生活できているだろうか?」こういったことに”ビクビク”しているようだと、安全の欲求が満たされているとは言えません。

以前の日本企業の中心的スタイルであった「終身雇用」というのは、この安全の欲求を満たすうえでは、非常に効果的であったろうと思われます。

会社員、という時点で漫然とではあっても「会社は来年も存在するし、給料は支払われる」という風に思えているケースが多いかなと思います。そういう意味では、今も多くの会社員にとって安全の欲求までは満たされていることが多いと考えられます。

この欲求がまだ満たされていない社員へは、主に「雇用の安定」「福利厚生」などへ訴えかけることが重要です。

「このビジョンが実現されたら、雇用の安定性が増してより安全に暮らせますよ」「会社が大きくなったら福利厚生も充実していきますよ」というイメージです。

     

所属欲求

次に所属の欲求ですが、これは「居場所がある、仲間がいると感じられていること」というようなものになります。

脱線しますが、実は、社員の「所属の欲求」は、まずそもそも上手に満たせていない会社組織がたくさんあります。「自分は歯車のように感じる」「職場に”仲間”と思える人はいない」「他部署とは”関係がない”」「職場の人間関係がストレスだ」といったように。

人々が「自ら目標を設定し、主体的に働く」といった状態を、多くの経営者は望みますが「主体的に働きたい!」というのは、次の段階の承認の欲求レベル以上のものです。

その手前の所属の欲求が満たされていなければ、これらの欲求は生じてこないのです。(下位の欲求の充足が、優先されるのです)

そう考えると、職場の人間関係が向上するように配慮することが、マネジメントにとっていかに重要かが見えてきます。

職場の人間関係(上司部下の関係、同僚同士の関係など)がギスギスしているレベルであると、人々は自分の才能を発揮して主体的に働いていくことは難しくなるのです。(この内容は、「組織マネジメントの前提」「部署内の一体感醸成」などで解説します)

    

所属欲求が満たされている職場へ

       

話を戻し、この欲求がまだ満たされていない社員への問いかけを考えていきましょう。

所属欲求は、端的に言えば「居場所を求める」欲求ですので、「この会社は自分の居場所で、よき仲間たちと協働している」といった認識が生まれるようなビジョンの提示が重要です。

あくまで例えになりますが。「このビジョンが実現されたら、メンバーとの関係がますます良くなる」「これが実現されたときには、お客様から深く感謝されていて、とてもこの会社にいることを誇らしく感じると思う」といったように。

また、「・・・というビジョン実現のために頑張っていけば、うちの会社の社会的な地位も上がっていくし”いい会社に勤めているね”とかって思ってもらいやすくなるよ!」といったことを伝えることも重要になってきたりします。

    

自我欲求

こうして所属の欲求が満たされてくると、生じてくるのが「承認の欲求」ということになります。

この承認の欲求というのは「自己肯定、自己尊重」といったもので、自分の才能を生かして、自分らしく仕事をしたい、それができているという風に実感できることが重要になります。

この欲求レベルを、自分の動機として仕事をしているとき、人は「イキイキと働いている」と言える状態にかなり近いことになります。

ですから、全社員が所属の欲求までは満たされていて、承認の欲求以上のレベルで仕事ができる職場であるというのはかなり理想的な状態になります。

   

この層にいる社員は、個性の発揮を求めていますので、「この会社にいたら、あなたの夢を追いかけられるよ」「この会社での仕事は、あなたの才能を存分に発揮できるよ!」といった部分をちゃんと伝えることが重要になります。

また、「・・・というビジョン実現のために頑張っていくプロセスで、あなたたちの才能やアイデアをどんどん生かしてほしいし、そうでないと実現していかないから、期待しているよ!」といったことを伝えることも効果的です。

   

自己実現欲求

最後の「自己実現の欲求」ですが、これはマズローが言っているのは「真善美の追求」という欲求です。

一般的に「自己実現」というと自分らしく生きるというように解釈されがちかと思いますが、これは欲求階層説でいうと自我欲求なのです。

世のため、人のため、より善きこと、より美しいものを実現していきたい。自分のためか?人のためか?その境界が溶けてしまっているのが自己実現だとマズローは言っています。苺の最後の一粒を、孫の口に運ぶのが自己実現だとも言ってました。

そして、マズロー自身は「実際に、自己実現欲求レベルで生きている人は多くはない」と言っています。ですから、全社員がこのレベルでいるということを望むのは、少々高望みと言えるかもしれません。

自己実現欲求の層へは、社会的意義があることを伝えることが重要になります。

      

喚起するビジョンを示す

   

このように補足的な”翻訳”をすることで、強いビジョンを、強くて大きいビジョンにしていくことができます。

     

「目標売上100億円!」は
組織のビジョンとして機能するのか

社員ひとりひとりの違ったニーズに対して、それぞれにちゃんと響くようにビジョン示さなければ、「大きなビジョン」になりません。

例えば、「目標売上100億円!」だけでは、社員からするとただの数字でしかなく、組織のビジョンとしては機能しないのです(ただし、それが社長にとって最も強いビジョンならば、社長の個人的なビジョンとしては機能します)。

     

ビジョンが機能している会社と機能していない会社

    

素晴らしいビジョンを掲げているのに、社員には響いていないと感じられている方は、「そのビジョンは社員の目線からすると、どのような意味や価値があるのか」 「それが実現されたとき、社員のどのようなニーズを満たせるのか」を是非考えてみてください。

もしかしたら、あなたの中ではさまざまな価値や社会的意義とつながっている素晴らしいビジョンであっても、実際に社員へ伝えている言葉は氷山の一角にとどまり、社員の想像力では、「それはどのような意味のあることなんだ?」と全体を理解できていないのかもしれません。

「ビジョン」は社員のやる気を高めるために提示するものです。お客様に「買いたい!」と思わせるのと同じように、社員に「実現したい!」と思わせる工夫をすることが重要です。

   

「強さ」×「大きさ」でビジョンを描く考え方については、以上になります。

     

組織づくりの考え方