Vol.24 正直立派なビジョンを描く自信がありません
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今回のご相談内容
<土木関連企業 社員数25名 N社長>
ホームページを拝見してビジョンの大切さがとてもよく分かりました。しかし、そんなに立派なビジョンというものがあるわけではないのが正直なところです。
本屋で並んでいる経営者の方の著書も、読むと「立派なことが書いてあるな」と思いますが、正直、自分自身が実践できるかというと「・・・」というところです。
全身全霊で社員の幸せのために生きようというのも難しいですし、自社を世界的な大企業に育てようという意気込みもあるわけではありません。
このような人間が、社長をやっていますが、どんなアドバイスがありますでしょうか?
石川からのご回答
N社長は、とても「自己認知力」の高い方ですね。すごいと思います。
なかなか自分自身で「実はあんまりビジョンがないんだ」ということを認められない人も多いものですが、ちゃんと自分自身を客観視できていらっしゃるというのは、本当にすごいことだと思います。
そして、このようなお悩みは、実は、何人もの経営者の方から「打ち明けられて」きたことです。
そして、そのたびに私は「そんな立派じゃなくて、全然いいと思いますよ」ということを申し上げています。
勿論、自社を世界的大企業に成長させようといった経営者の方は素晴らしいです。
同時に、例えば、地域で30年間雇用を生み出し続けている、ということもまた素晴らしいことです。
「野球の楽しみ方」は、大リーグで活躍する選手もいれば、日本のプロ野球で活躍する人もいますし、草野球を楽しむ人も、少年野球のコーチをやる人も、もちろん観客として野球を楽しむこともあるわけで、「野球に関わったら全員大リーグを目指さなければならない」なんてことはないわけです。
経営も同じです。
社長になったからには、必ず世界的大企業にしようとしなければならないわけではありません。
自分の価値観や、ライフスタイルに合った「経営」をしていけばいいわけですし、その方がずっと上手くいくのです。
出典:写真AC
自分が好きなことに専念した社長の例
これまで出会った経営者の方で、例えば「部下の育成や管理といったことにやっぱり興味が持てない」という方がいらっしゃいました。
その方は、しばらくの間、採用や育成といった「内政」にとても注力をしていました。
「社長たるもの、社員の成長支援に積極的であらねばならない」というような考えがあったそうです。
実際に、本屋で並んでいる本にはそういう主張をしている本もたくさんあるわけで、そういったことの影響もあったのかもしれません。
しかし、義務感から頑張っていったものの、それほど報われる感じもなく、何よりもその「内政」の仕事は、ご本人が楽しくないのです。
それで「内政」の仕事は、「やーめた」と言って、やめられました。
そして「外交」の仕事、つまり、新規顧客開拓の営業活動や、プロジェクトの陣頭指揮といった仕事に専念していくようになりました。
そうすると、ご本人がイキイキとしてくるのです。楽しいわけです。
最初のうちは、周囲も「今までの社長」を期待しますから、もっと自分たちに関わって欲しい、アドバイスして欲しい、前みたいに褒めて欲しい・・・といった禁断症状的なものも出ていましたが、それもそのうちに収束して「自分のことは自分でやる」と、むしろ自立した社員たちに成長していきました。
そして、やはり社長が楽しそうだと、会社の雰囲気も明るくなります。
こういった例に触れると、「ああ、本当に経営に正解の型なんてないんだな」と何度も思います。
一人になって素直な気持ちを書き出してみる
まずは、ご自分に素直に、「こういう生活がしたい」 「こういう仕事がしたい」 「こういう会社がいい」といったことを書き出してみることをお勧めします。
人に公表する必要はありませんので、まずは一人で書き出してみます。「経営者とはかくあるべし」ということを一旦、脇に置いてですね。
そうすると例えば「資金繰りに悩まないですむ安定した事業運営をしたいなぁ」「お客さんから感謝されると、それはやっぱり嬉しいなぁ」「社員が、ギスギスしてるのはなんか嫌なんだよなぁ」などといった、素直な気持ちのようなものが出てくるかと思います。
これぞ、ビジョンです。
私は「ビジョンの強さが大事」ということを主張していますが、この素直な気持ち、正直な欲求といったものこそが、ビジョンであると考えています。
そしてそれは誰かと比較するものでもありませんし、他人から否定されるようなものでもありません。
ただただ、「私にとっては、これが大事だ」ということです。
出典:写真AC
丁寧に自己開示してみる
出てきたものについて、全部が全部オープンにする必要はありませんが、社内で共有できそうなところについては、自己開示してみて欲しいと思います。
例えばですが、
「実は、売上をどんどん伸ばすとか(それで給料をアップするとか)っていうよりも、何年も安定して利益が出ることを大切にしているんだよね」
「実は、研修とかやりたくないんだよね。ホントは評価面談とかもしたくない。自分の成長には自分で責任を持つ大人の集団がいいなと思うんだよね」
といったことが出てくるかもしれません。
丁寧に自己開示すると、思いのほか社員は好意的に受け止めてくれることも多いのです。
ある社長さんは「会社の経営を誰かに任せて、アメリカに行きたい。理由はない。とにかく昔からの夢なんだ」ということを、社員にそんな自分勝手なわがままなことを言っていいものか、ずっと悩まれていました。
しかし、実際に丁寧にそれを自己開示したところ「え?そんなの夢なら行ってきてくださいよ!」と大変応援されて、実際に1年後にはアメリカに移住してしまいました。
丁寧で真摯な自己開示には、事態を好転させる不思議な力があるようです。
率先してワガママを発揮する
社長も人間ですから、全てのことを完璧にこなせるわけはありません。そして社長も人間ですから、ご自身なりの個性を勿論お持ちです。
そういったことを無視したり抑圧したりするのではなく、むしろ個性を生かして経営をしていくと、上手くいくことが多いのです。
「これはしたいけど、これはしたくない」
「これは得意だけど、これは苦手だ」
ある意味の”ワガママさ”や”弱さ”を社長から率先して開示してしまっていいのだと思います。
「苦手なんだから、助けて欲しい」と、頼ったりすることも経営の一つの選択肢です。
「頼られる」ということは、なかなかに嬉しいことで、モチベーションになる一つの要素でもあります。「社長から頼られている」「頼りにされている」といったことが、社員のやる気のつながることもあるのです。
「世界一の大企業にしたいとは思っていないけど、ご縁あるお客さんのために一生懸命仕事して、感謝されたいとは思っている」といったことも、本当に素晴らしいビジョンなのです。
それに共感して「そういう会社で働きたい」「自分もそう思う。それで仕事を頑張ろう」という社員が集まった会社である、ということもできるわけです。
メルマガではN社長のお気持ちをお聞きすることはできませんが、ぜひ一度素直な気持ちを書き出されてみてください。
書き出されたものをみて「経営者としてこんなんでいいんだろうか」といった否定的思考をせずに「これが私なんだ」「これでいいんだ」「これが、いいんだ」とご自身の想いをぜひ受容していただければなと思います。
ご質問に対する回答は以上となります。
いつも最後までご覧いただき、誠にありがとうございます。
[Vol.24 2020/02/11配信号、執筆:石川英明]