Vol.80 健全でサステナブルな企業経営のために ―組織の慢性的な問題と向き合う

今回のご相談内容

目の前の利益ももちろん大切ですが、サステナブル(持続可能)な企業でいられる経営も重視してやっていきたいと思っています。そのためには、今の時代に適応した健全な体質の会社であること、会社と社員のエンゲージメントなどが重要になると感じています。

中長期的な競争力を育むために、必要なことを教えてください。

石川からのご回答

前回の記事では、「両利きの経営」から、基本キーワードである「深化」「探索」にそって書かせていただきました。この構造は、短期的な利益と構造的な(社員の)エンゲージメントにおいても、類似しています。今週はこの点について解説していきたいと思います。今回の記事は、ご質問の内容以外にも、このような慢性的な組織の課題に悩んでいる方に是非読んでいただきたい内容です。

企業の慢性的な問題

  • 優秀な人材が離職してしまう
  • 社内がギスギスしてきた
  • 入社3年以内の離職率の増大
  • メンタルヘルス不調社員の増加
  • 社長や管理職に職場の人間関係などの愚痴や不満が多くあがってくる
  • 社員の視野が狭く受け身的
  • 昭和のような体質から抜け出せない

   

経営でも重要な車輪がスムースに回るために必要な「アソビ」

車輪がスムースに回るには適切な「アソビ」があることが重要です。

車軸と車軸受けに全くスペースがなく、きつ過ぎると、車輪は回らなくなってしまいます。一方で、スペースを増やし過ぎると今度はガタガタしてしまって安定して走ることができなくなってしまいます。全くアソビがないのも、アソビがあり過ぎるのもどちらもダメで、そのちょうどよい塩梅が求められます。

経営にも、同じような側面があります。

合理化、効率化を追求し過ぎていってしまうとアソビがなくなってしまい、新しいアイデアや、挑戦や、社員の意欲といったものが生まれてこなくなってしまいます。一方で、合理化や効率化を全く考えないようでは、安定した経営を行うことは難しくなります。

  • 合理化
  • 効率化
  • 無駄を省く
  • データを重視する
  • 確実に成果が出る

こういった方向性に向けていくと

「確実に測定可能なモノ」
「定量的に把握可能なモノ」

だけが価値があるというような意識(組織文化)が強くなってきます。
   

同じ100万円の利益を生み出すのに、売上を100万円増やすのと、コストを100万円減らすのとでは、どちらの方が確実に成果が出るでしょうか。それはもちろんコストダウンです。そうなってくると、会社のあらゆる領域にコストダウンの圧がかかってくることになります。

これが過度に強くなれば、例えば「おはようございます」と挨拶することも、時間の無駄と捉えられ禁止になるかもしれません。

おはようございますの1秒を削れば、一人1円分の人件費のコストカットになり、年間で200円、100人の従業員全体で2万円のコストダウン(利益創出)が可能である、、、というようなことは極端にしても、従業員同士の雑談も無駄、観葉植物がオフィスにあるのも無駄・・・どんどん無駄、余裕、スペースというのを削って利益を生み出していこうという方向の力学が働くことにもなります。
   
 

創造的なアイデアが生じる環境は・・・

一方で、創造的なアイデアは「アソビ」から生じるところがあります。何気ない会話、無目的な雑談、そういうところから創造的なアイデアが生まれてきたりします。社員のエンゲージメントという側面も無駄な余白、スペース、アソビから生じてくる面があります。

上司が部下のキャリアについて耳を傾ける時間、同僚同士の仕事と関係のないちょっとした楽しい時間。『会話から始まるキャリア開発』では、このような時間の重要性が指摘されています。

勿論、無制限に「1日中ずっと雑談していて、仕事は全然手についていなかった」というようなことが放任されているような企業では、早晩倒産してしまうことでしょう。ただただ、アソビを増やせばいいという風にはなりません。しかし、もしアソビをなくす方向ばかりに舵を切っているとしたら「バランスを取る」という感覚を持つことは重要になることでしょう。

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授の提唱している成功循環は、関係の質→思考の質→行動の質→結果の質→関係の質→・・・という循環を示しています。
   

   

「関係の質を高める」という領域は、

  • 合理化
  • 効率化
  • 無駄を省く
  • データを重視する
  • 確実に成果が出る

ということが非常に難しい領域です。

例えば、関係の質を高めるのに「じっくりと話を聞く」ということがとても効果的であったりします。

しかし上記のような要素を重視すると「効率的にじっくりと話を聞く」というような、ちょっと矛盾した状態が起こったりします。「この人は、この話を早く終わらせようとしているのだ」と感じているときに、じっくりと腰を据えて話をすることは難しいでしょう。

そのような状況では、関係の質を高めることは非常に難しくなります。

関係の質が低く、相互理解がなく、信頼も高まっていない組織状態では、エンゲージメントを高めることも難しくなります。それは、早晩、例えば離職率の高さと言った定量的インパクトとして現れてくることでしょう。
    

中長期的な競争力を育むために

エンゲージメントが高まる、創造的なアイデアが生まれてくるというフィールド(領域)は、

  • 目的的でないコミュニケーション
  • 効率(時間短縮)よりも効果
  • 試行錯誤を重ねる
  • 過去のデータから見えないものに挑戦する
  • 不確実な領域に取り組む

といった要素によって成立していきます。

つまり言い換えれば「アソビ」が必要な領域なのです。

     

利益不足があると、上のシステム(循環)を強く回そうという意識が強くなります。

しかし、利益の増幅と言うのは、本質的には「より大きな付加価値の創出」から生まれてきます。そのためには「アソビ」が必要なのです。

でも、合理化循環を強く回していこうとすると、副作用として「アソビを削る」ということにどうしても影響が出てきます。そうすると、短期的には業績が良くなるかもしれませんが(ex.「今期はなんとか黒字を確保した」)、長期的には競争力が削がれていることになります(ex.優秀な人材が離職した、研究開発費が削られた、社内がギスギスしてきた)。

健全な企業経営、サステナブルな企業経営をしていこうと思ったら、この両面のバランスを取る舵取りが必要になります。

自社が合理化方向に舵を切り過ぎていると、アソビがなくて「キーキーと音が鳴り出す」ということが起こります。車輪と車軸がきつくなりすぎて音が鳴るのです。それがまさに、会社においては「悲鳴」のようなものであり、離職率の増大や、メンタルヘルス不調社員の増加などという現象に現れてきます。

「うちの会社は適切なアソビを保持できているか?」

この観点で、自社の経営をチェックすることはとても重要です。冗談や、笑顔や、雑談といったものが、自社から全くなくなっている・・・というような状況であれば「アソビを消し過ぎているかもしれない」と疑ってみるとよいでしょう。

    

今回の回答は以上となります。少しでもこの記事がお役に立てば幸いです。

[Vo80l. 2021/06/08配信号、執筆:石川英明]