Vol.121 いま企業で「バックキャスティング思考」や「両利きの経営」で求められている背景は?

今回のご相談内容

「失われた30年」などとも言われますが、どうも明るい未来を描きにくい状況が続いているのが、日本ビジネスの現状だと感じております。そんな背景もあってか、最近「バックキャスティング思考」や「両利きの経営」というキーワードをよく耳にします。

あらためて、「バックキャスティング思考」や「両利きの経営」とは何かということと、企業で組織的にこれらの考え方を高めていくとしたら、どのようなことに気を付けていけばいいのか知りたいです。

石川からのご回答

2024年のお正月は、地震、事故が続き、多くの方が「不安を感じる年明けだな」と思っていらっしゃるのではないかと思います。

こちらは三菱総研の記事ですが(https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/20231024.html)、日本の国際競争力は1989年~1992年は1位で、そのあと年々低下して、2023年は35位になっている、ということです。

  

出典:ぱくたそ

「バックキャスティング思考」や「両利きの経営」とは

最近ご相談を受けたり、ご相談の中でお話ししたりすることが多いのが「バックキャスティング思考」や「両利きの経営」の話です。まずは、これらのキーワードについて簡単にご紹介します。書籍なども多く出ておりますので、より詳しく知りたい方は是非それらもご覧ください。

バックキャスティング思考

バックキャスティング思考は、フォーキャスト(未来予測)が「このまま行くと未来はこうなるだろうから、私たちはその未来に対応する必要がある」という考え方をするのに対して、バックキャスティング思考では、「私たちが到達したい未来はこれだから、この先社会がどう変化していっても、到達したい未来に向けて歩み続ける」といった考え方をします。

フォーキャストは、受け身的な姿勢が強く、バックキャストは意志を持って未来を創っていく、というようにも言えます。この「バックキャスティング思考」を組織として身につけたい、高めたい、というご相談を多くいただきます。

両利きの経営

もう一つ「両利きの経営」ですが、これは分かりやすく言うと「既存事業の収益性を高めるような深化のマネジメントと、新規事業の可能性を生み出すような探索のマネジメントを、両方やりましょう」というようなコンセプトです。

深化と探索と、両利きでいきましょう、ということなのですが、多くの企業は探索を苦手としています。

探索は、データや根拠や前例と言ったものが乏しい未知の領域に対して取り組み、仮説や意志を持って切り開いていくといった必要性があります。リスクを取って決断していく、というようなことも必要です。

深化の領域では「データはあるの?」「根拠はあるの?」「確実に利益が出る?」といった会話が中心になりますが、もしそのまま探索の領域で同じ会話をすると「データはまだほとんどありません」「根拠はありませんが、可能性はあると思います」「確実に利益が出る、とは約束できません」というのが誠実な会話になる、ということになります。

不確実でも、実現したい未来に向けて、意志を持って取り組んでいく。

そういう意味ではバックキャスティング思考も、両利きの経営(特に探索の強化)も、同じような意味合いを持っていると思います。

有名なイノベーションのジレンマ

成功した者が、いずれ衰退していく。それは、国レベルであれ、企業レベルであれ、個人レベルであれ、事例を発見するのに手間はかかりません。「イノベーションのジレンマ」として有名ですが、成功体験こそが足かせになり、時代の変化に対応できない、ということは多々あります。

「失われた30年」の前の日本経済、日本企業は世界トップの大成功を間違いなくおさめていました。それがまさに「イノベーションのジレンマ」に陥ったということはごく自然なことですらあるかもしれません。「このやり方をやっていれば上手くいっていた」という強烈な成功体験があると、なかなかそこから抜け出すことができないのです。

だからこそ最近は「アンラーニング」とか「リスキリング」といったキーワードが注目されるようにもなっているのでしょう。

今は「再生」「新しく生まれ変わる」そういうようなことを求めている企業が多いのだろうなと思います。

大事なことは”スペース”をいかに生み出すか

新しいチャレンジをしていく、再生をしていく、となった場合にどうしても必要なのは“スペース”です。余白とかアソビといったものがどうしても必要になります。

現代では、企業活動の中でスペースを確保するのは容易なことではありません。

常に効率化は追求され、無駄があればそれを削るような力学が常に働いています。もっと短時間で出来ないか、もっと少人数で回せないか、もっとコストを削減できないか、という圧が常にあるため「アソビ/余白/スペース」のようなものを確保するのは、本当に大変です。

しかし、実験できたり、試行錯誤できたり、リスクテイクできるような”スペース”がなければ、新しいチャレンジをしていくことはできません。

逆に言うと「スペースを確保する!」と覚悟を決めて動き出すと、様々なものが好転し始めて、組織が活性化していくということは、経験上自信を持って言えます。

例えば「月に1回半日の時間を確保する」と決めただけでも、本当に状況が変わっていきます。8時間×20営業日として160時間のうち、たった4時間(2.5%)を割くだけで、状況は変わり始めます。週1回1時間の方が時間が取りやすければそれでもいいかもしれません。

なぜこれが自信を持って言えるかというと、ご支援先の多くが「月1回半日のワークショップ」によって、半年や1年間で組織が変化しているからです。確保したスペースを効果的に活用するための組織開発的な詳細なノウハウを書き出すときりがないので、ここではエッセンスだけにしておきますが、

  • メンバー同士の関係の質を高め、本音で語り合える状態をつくり
  • 一人一人が本当に実現したいと思うことを持ち寄り
  • 実現したい状態(ビジョン)に向けて、試行錯誤を続け、経験学習サイクルを回していく

ということを「月1回半日の場」でやり続ければ、組織は確実に変わっていきます。

「スペースを確保する」ということ自体が成功のジレンマ

大きく言うと、日本の経済成長を牽引したのは、自動車や家電などの製造業でした。そうすると「製造業の成功ノウハウが、ビジネスの教科書になる」ということが起こっても不思議ではありません。そして、トヨタの「乾いた雑巾をさらにしぼる」に代表されるように【如何に無駄を省いていくか?】という思考が強くなった、と見ています。

「とにかく無駄を削っていく」という思考パタン・価値観から「スペース・余白・アソビを大事にする」という思考パタン・価値観へシフトすることは、なかなかに大変だろうと思います。逆に言うと、それをしっかりできたときに「再生する」「新しく生まれ変わる」ということができるわけです。

この確保したスペースを活用する際に

  • 確実に収益につながるか?
  • 短期的(1年以内)に収益につながるか?
  • データや実績があるか?

といった合理性重視の深化型マネジメントを手放すことが大切です。

  • 目的がはっきりしない
  • 市場データはない
  • 仮説でしかない
  • ワクワクはする
  • 可能性は感じる

こういったものを許容していくスペースであることが大切です。

ビジネスに対する価値観・世界観のアップデートが求められている

時代が変化し続けている中で、そもそも企業、株式会社の存在意義や目的意識そのものもアップデートされきているとも感じられます。SDGsやESGといった流れもそうですし、ステークホルダー資本主義といったコンセプトが出てきていることもそうです。

これまでは民間企業は営利企業であり「利益を最大化することが使命である」というシンプルなコンセプトで活動をしてきましたが、今後は利益だけでなく多様な指標を同時に追いかけていくような存在になっていくかもしれません。

  • 株主への配当
  • 社員への還元(人件費)
  • サプライチェーン全体の健全性(フェアトレードなど)
  • サプライチェーン全体の環境負荷(カーボンニュートラルなど)
  • 社員の健康ややりがい
  • 社会的価値 などなど

このように「存在意義を根本から問い直す」ということも、”スペース”があることによって可能になりますし、そういったアップデートをして、時代を先導していくような企業が、今後のリーダー企業になっていくのかもしれません。

地震など大変なところから始まった2024年ですが、私達一人一人の意識や取り組みによって、未来はいかようにも切り開いていくことができるものと思います。

2024年も一生懸命取り組んでいきたいと思っております。今年もどうぞよろしくお願い致します。

 
いつも最後までご覧いただき、ありがとうございます。記事に対する感想や質問などもいつでもお待ちしております!

また、株式会社Co-ducationでは、「バックキャスティング思考」研修や「両利きの経営」について検討する会議などを、これまで多くの企業でご支援させていただいております。もしご興味がございましたら、是非お気軽にお問い合わせください。

 

[Vo121. 2024/01/09配信号、執筆:石川英明]