Vol.82 この会社で本当にいい仕事をしたい――プロフェッショナルとして働く社員を増やすために

今回のご相談内容

自社の仕事に対してプロフェッショナルとして仕事をしたいと日々 頑張ってくれる社員を増やしていきたいです。

でも、本当はどんな仕事をしたいのか?を社員1人1人に改めて聞いたとき、やりたいことを追求した結果、本当はやりたいことじゃなかったと離職してしまう可能性なども考え、なかなか思い切れないところもあります。

石川からのご回答

今回のご質問については、ある記事からご紹介してみましょう。

以前、ある経済誌で、トヨタの豊田章男社長と、元プロ野球選手のイチロー氏の対談結果について、豊田社長自身が触れていたものがありました。

豊田社長がイチローに「プロとしてどんなことが大切か」といったことを聞くと、

「自分が活躍することが一番大事。もちろん「活躍」というのは、好き勝手にやることではなく、チームの勝利のために活躍することが活躍。けれど、自分が試合に出られない、活躍する機会もないというのであれば、活躍できる環境を探します。

そういう意味で、プロ野球選手は、チームメイトも単純な仲間ではないです。ライバルでもある。そういう環境の中で、自分が活躍することが一番大事だと思っています」

このような趣旨のことを言っていました。
   

そして、そのイチローの話を聞いて、豊田社長は、経営者として納得し、覚悟を決めたというようなことが書かれていました。

どんな覚悟を決めたかと言うと

「社員には、トヨタのためには働いてもらわない。 市場や、顧客のために働いてもらうし、自分の活躍が一番大事だと思って働いてもらう。そして、そのときに、優秀な人材が他社ではなく、うちの会社で働きたいと思ってもらえるようにする。それが経営者としての私の仕事だ」

そんな覚悟を決めた、というような記事でした。
  

参考:ICHIRO×AKIO TOYODA シリーズ対談公開

   

   出典:写真AC

本当にいい仕事をしたい――組織の「遠心力」

社員一人一人の能力を、本当にフルに発揮してもらおうと思ったら「会社に指示されたことをやる」のではなく「本人が、心からやりたいと思うことに取り組む」ことが必要になります。ただ、これは寝た子を起こすようなもので「社員一人一人の本当にやりたいこと」にフォーカスをしたら、社員はすごく情熱的に積極的になるかもしれませんが、自社を出ていってしまうかもしれません。

例えば、社内研修を行って「やりたいことが見つかった!」と言って、転職や独立をされてしまったら、なんのために社内研修を行ったのだろう、、、と思うこともあるでしょう。

ただ実際には、10人の社員に研修を行って、10人とも出ていってしまうというようなことはまず起こりません。実際には、自分で選んで入った会社ですから、ほとんどの人は、とは言え自社に残るのです。

私の先輩コンサルタントが、あるクライアント企業で「中堅社員30名を対象に、主体性を高めるような研修を行いたい」というオーダーを受けたときに

「もしかしたら、本当の夢を見つけて、その夢は御社以外の場所でこそ取り組めるということに気づいて、出ていってしまうかもしれません。それでもよいですか?」

といった会話をしたことがあります。

そして、その担当役員の方は、少し考えて

「いいです。もし、そのような人材がいたとしたら、その人は遅かれ早かれ、うちは出ていった方がいい。その方が、その社員のためでもあるし、うちの会社のためでもあるはずですから」

と答えられました。

実際にその案件では、一人の方が離職を決断されるという結果になりました。そして、同時に、研修を受講された残りの29名の、内発で高い貢献意欲をその会社は得ることになりました。
   

一人一人の主体性、自律性を高めていこうというのは組織にとって「遠心力」と言えます。会社のため、というよりも、自分自身のためとか、自分のキャリアのためとか、自分の大切な顧客のためとか、そういう方向に力が働いていくからです。

しかし、真の主体性とは、この遠心力なしには発揮されません。

「会社に言われたことをきっちりやる」のではなく「会社に言われなくても、自分なりに考えて行動する」ことが主体性なのだとしたら、それは「会社に評価されるために動く」という要素を薄めていく方向性を持つものだからです。

自社の社員に、真にプロフェッショナルになってほしい、真に主体的になってほしい、真に能動的、積極的になってほしい、そう考えるのなら、それは「遠心力を高めていくということだ」と言うことは、覚悟する必要があるのだろうと思います。

豊田社長は、それを覚悟したと言っていたのだと思います。
   

この会社で働きたい――組織の求心力

一方で「真のプロフェッショナルに選んでもらえる会社にする」という、求心力を高める工夫もしていけます。それがまさにエンゲージメントを高める施策と言えるでしょう。自律性の高い人材ほど成長・活躍できる環境を求めます。

待遇(金銭面、労働環境面など)も勿論大切ですが、これは「動機づけ衛生要因理論」でいうところの衛生要因にあたりますから、待遇だけ整えても、プロフェッショナル人材を引き留めておくことはできません。
   

     

チャレンジングな仕事の機会があり、仕事を通して自分が成長していけることが想像でき、顧客からも真に喜ばれるような仕事ができる環境。1人でやるのではなく、優秀な人材と切磋琢磨しながら、お互いを高めあいつつ、助け合うといったことができる環境。

こういった環境を、自律性の高い人材ほど求めています
    

マズローの欲求階層でいえば、自己実現欲求(真に価値ある仕事をしたい)や、自我欲求(自分の才能をフルに発揮したい)といった欲求を満たせるような環境であることが重要です。

     

もちろん、社員が100人いたら、100人ともが自己実現欲求に突き動かされているわけではなく、安心欲求(雇用の安定が大事)などを重視している社員もいるでしょう。

そういった社員に対して適切に対応していくことも大切です。しかし、その層にばかりフォーカスした施策をしていると、優秀人材にとっては魅力の薄い(求心力のない)職場になってしまうということもあります。

むしろ、遠心力を高めることで、自社の人材のレベルを引き上げていき、安心欲求に留まらず、所属欲求、自我欲求、自己実現欲求へと、より高次の欲求がモチベーション源となるようにしていくことを考えるとよいでしょう。

そして、そのようなレベルの高い人材が「ここで働きたい」と思えるような求心力を高めていく。そのように意識して、手を打っていくことで、より強い組織になっていけるものと言えます。
  

    

今回の回答は以上となります。少しでもこの記事がお役に立てば幸いです。

[Vo82. 2021/06/29配信号、執筆:石川英明]