Vol.110 日本のビジネスの歴史からESG経営やSDGsを学ぶ ~CSRやCSVとの違い・何故いま話題になっているのか

今回のご相談内容

最近のトレンドとして、「SDGs」や「ESG経営」という言葉をたまに目にするようになりました。

日本企業で考えたとき、これまで主に使われてきた「CSR活動」と「SDGs」や「ESG経営」は何が違うのでしょうか。

石川からのご回答

この1~2年ほどで、急激にSDGsESG経営に関するご相談を受けることが増えました。既に何回か、主に役員層でSDGsやESG経営を対話するための場のファシリテーションも任せていただいています。

模索中とか、試行錯誤中というような状況でいらっしゃる会社さんが多いなと感じています。

  

出典:写真AC

  

日本のビジネスの歴史からESG経営やSDGsを探る

はじまりの昭和:公害問題

日本で企業活動が「社会と調和する必要がある」と大きく考えるきっかけになったのは【公害問題】が最初だろうと思います。1950~60年代の頃です。

水俣病やイタイイタイ病など、ハッキリとした被害が生じたところから

「企業活動が、社会活動にマイナスをもたらしてはいけない」

という考え方が明確に生じてきたと思います。

この頃の基本的な発想は、「出てしまうマイナスをいかに抑えるか」というような発想にあったと思います。

逆に言えば、企業活動の結果、環境などに及ぼすマイナス要因というものはまだまだ許容されていたように思います。

    

平成になってCSRに

2000年以降、CSRという言葉が出てきて、かなり定着しました。Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任)です。

  

CSRとは、corporate social responsibility(企業の社会的責任)の略語です。 企業が組織活動を行うにあたって担う社会的責任のことで、社会的責任とは、従業員や消費者、投資者、環境などへの配慮から社会貢献まで、幅広い内容に対し適切な意思決定を行うことを指します。

人事用語集:https://www.kaonavi.jp/dictionary/csr/#:~:text=CSR%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81corporate%20social,%E8%A1%8C%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%92%E6%8C%87%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

   

大企業がこぞってCSRレポートを出すようになったのもこの頃かと思います。

私の素直な印象としては、CSRはかなりブームにはなったものの、あくまで企業経営においては傍流にあったと思います。率直に言ってしまえば「お飾り」といった印象があります。
  

もちろんCSR活動に覚悟を持って取り組んでいた個人や企業もあったと思いますが、全体としては「本業とはあまり関係ないが、ちょっと社会貢献的なこともしておこう」といったついで感があったのは否めないところかと思います。

収益を上げることが重要です。企業活動は収益を上げることです。でも、たまには収益度外視のCSR活動もしていきましょう。

そんな風な取り組み方が、実態としては多かったのではないでしょうか。
   

CSRとCSV

ハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授が2011年に出した論文が「Creating Share Value」で、これがつまりCSVです。

Share Valueの解釈はかなり分かれるところがあると思いますが、一般的には「社会的価値の創造」と訳されることが多いかと思います。

  

CSV(Creating Shared Value):共有価値の創造。

米国の経営学者マイケル・ポーターが2006年、『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌で提唱した概念で、企業の事業を通じて社会的な課題を解決することから生まれる「社会価値」と「企業価値」を両立させようとする経営フレームワークを指す。

製品と市場を見直すこと、バリューチェーンの生産性を再定義すること、企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターをつくるという3つのアプローチがあるとしている。

月刊総務オンライン 総務辞典:https://www.g-soumu.com/dictionary/articles/dictionary-2014-11-csv

  

CSVは、CSRとはかなり違った概念です。

極端に言えば、CSR(Corporate Social Responsibility)というのは

「営利企業は、企業活動をする際に、社会的には悪影響のこともしてしまう面があるが、できるだけ減らすように努力すべきだし、ボランティア活動などもして社会貢献もしていくべき」

というものだったときに、

CSV(Creating Share Value)は

「社会的価値の創造こそが、企業の存在意義である」

という考え方となります。

社会問題の解決、より良い社会の創造、そのことに取り組んだうえで、マネタイズ(経済価値)もしっかりと創出していく。社会創造と経済創造を融合させた活動をおこなっていくのだという考え方です。
   

しかし、実際のところ、日本の企業社会の中でCSVという概念がどれほど普及し、実践されてきたかというと大いに疑問符があります。

私自身は、日本企業にCSVが流行らなかったのは「何をいまさら言っているのだろう?」という面も大いにあったのではないか、と分析しています。

日本企業の多くが、経営理念といったものを掲げながら経営をしてきていました。どんな社会的価値を創造するか。そのことはずっと考えながらやってきたわけです。

食卓を豊かにしたいとか、移動時間も幸せなものにしたいとか、社会に幸せをお届けするのが企業活動であるし、社会が求めるもの、顧客が求めるものに応えていこうというのだから、当然「社会的価値の創造」になっているだろう、ということです。
   

パーパス

ここで最近、よく使われるようになったパーパスについても少し解説します。
  

「パーパス(Purpose)」は、一般に「目的、意図」と訳される言葉です。近年では、経営戦略やブランディングのキーワードとして用いられることが多く、その場合は企業や組織、個人が何のために存在するのか、すなわち「存在意義」のことを意味します。

日本の人事部:https://jinjibu.jp/keyword/detl/882/

  

ミッション、ビジョン、経営理念、存在意義、パーパス、、、、、使われる言葉は多数ありますが、その細かい定義にはそれほどこだわり過ぎない方がよいだろうと思っています。

パーパスとエンゲージメントは、切っても切れない仲にあります。
  

厚労省のレポートで「日本は、会社と社員のワークエンゲージメントが世界トップクラスに低い※」ということが出ていましたが、この「社会的価値を創造する」ということが、どんどんと形骸化してきてしまってきているのです。

※参考:厚生労働省「令和元年版労働経済の分析」

  
パーパスの本気が感じられなければ、エンゲージメントのスコアは確実に下がります。

少し前に外食チェーンの役員の「シャブ漬け」発言が、世間を騒がせましたが、これは形骸化の象徴的な出来事の一つと思います。
  

”経営理念だとか、社会のためだとか言ってるけど、結局お金なんでしょ”

このように、働いている一人一人が思っているとしたら「パーパスに向かって活動している」「パーパスを共有している」とはとても言えません。まさに形骸化している、ということです。
   

ESG経営やSDGs

さて、ESGと言われ出したのは2020年頃からだと思いますから、CSVからまた10年経って出てきた新しい言葉です。

ESG経営とSDGsは、細かくみるともちろん定義は異なりますが企業活動において、この2つは兄弟くらいの関係であると私は現在捉えているため、今回はESGを中心に解説したいと思います。

※ESG経営とSDGsの違いについてはリクエストがありましたらまた解説します。
   

ESG経営とは、企業活動は、

*Environment(環境)
*Society(社会)
*Governance(共生する統治)

が必要であるというような考え方です。
  

ESGは、明らかにCSR→CSV→ESGという流れに位置づけられますが、最も違うことは「非財務指標の指標化」という点にあると思います。

そして、非財務指標の指標化について投資家が「ESG投資」という形で後押しをするという点も大きなところと思います。

例えば、ウイグルの人権問題があり、サプライチェーンにウイグルが少しでも関わっていると「人権問題を重視していない企業」という判断をされることになります。そうすると、投資家から投資が集まらないだけでなく、法律的に企業活動を規制されたり、消費者からもイメージダウンして、販売不振につながっていく可能性があります。

フェアトレードの概念や取り組みは以前からありましたが、「安いところから仕入れる」という、経済合理性だけでは、投資家や消費者から支持を得られないということが強烈に強くなってきているということです。2022年現在は、欧州を中心にこの勢いが活発になっていると聞いています。

  

ESG経営については、日本企業は模索の段階にある企業がほとんどだと思います。

売上が立つ、ということは「欲しい人がいる」からであって、欲しい人のニーズを満たすということは、社会的価値の創造と言えます。

だから、極論してしまえば、全ての企業活動は、CSV活動であると言えてしまうと思いますが、ESGは「サプライチェーン全体がちゃんとしているか?」ということを問うものです。

最終商品は確かに、安くて高機能で素晴らしい。けれども、フェアトレードでない、人権問題を抱えている、従業員にはブラックである、カーボンニュートラルにも貢献していない

・・・・・というような企業では、投資もできない。買うこともできない(エシカル消費と言いますね)。

そのような流れが、今ビジネス界でうねりとなってきているということです。
  

何故 今 話題になっているのか:ESG経営やSDGsの本質とは

ESG経営やSDGsの流れは、本質的には「豊かさの指標をどう捉えるかの変換」なのだろうと私は思っています。

縄文時代には貨幣はない。

では、縄文時代に豊かさや価値といったものがなかったかと言うと、もちろんそんなことはない。
  

豊かさとは何か。

これは、お堅く言えば、人的資本、自然資本、社会関係資本、経済資本・・・など言うことになるのだろうと思いますが、大好きな人たちと、一緒にご飯を作って、食べて、笑って、語り合って・・・という時間。

沈む夕日を眺めて「きれいだなぁ。。。」と感じる瞬間。

他にも無数にあるけれど、そういったことが「豊かさ」であるときに、これは、どう考えても財務指標、経済指標だけでは捉えきれません。
  

GDPは基本的に貨幣による「売買高」だから、ビジネスとしての売買が成り立たないとGDPは増えない。

魚を買って焼いて食べればGDPは増えるけど、自分で川で釣った魚を、家族で焼いて食べてもGDPは増えない。遊園地にお金を払って遊べばGDPは増えるけど、裏山でターザンごっこをして日が暮れてもGDPは増えない。

どう考えても、GDPや経済指標、財務指標だけでは、私たちの豊かさは測り切れません。

「100万円を稼ぐのにとても苦痛な仕事」と、「100万円を稼ぐのにとても意義を感じる仕事」と、これも、財務指標的には同じになってしまうが、普通に考えて、社会の豊かさとして同じではない。

変な話、苦痛な仕事で、病気になる人が多くて、医療機関での売買高が増えれば、GDPは増えてしまいます。それでもなお「GDPを増やしましょう」というのは、思考停止に過ぎないのではないでしょうか。
  

そういうことを、企業活動においても、当たり前に見直しましょうねという流れが、ESGやSDGsが話題になっている理由なのだろうと理解しています。
  

出典:写真AC

  

Environment(環境)と共生できる仕事であり、Society(社会)の一部としての仕事であるということ。それをしっかりと理解したうえで経営(Governance)するということです。

例えば、財務指標一辺倒だと、給料というのは、人件費というのはコストであり、「利益を増やす」という観点からすると、減らすべきものになりますが、そんな短絡的な話はありません。

Societyの観点から考えたら、働く一人一人が、経済的にも豊かになり、仕事や人生の時間に対する質(Well-Being)が上がることは、とても重要なことになります。

なぜなら「働く人」は、市民であり、社会の一部であり「利益を生み出すための手段でしかない存在」では決してないからです。

そういう当たり前のことを、ちゃんと考えてやりましょうねということがESGやSDGsの流れだなと私は思っています。

旧来の財務指標で測定できる「豊かさ」や「価値」といったものは、豊かさや価値のごく一部に過ぎない。

お金というものが非常に便利でパワフルだったため、経済指標重視でやってきましたし、人口や科学技術など様々な要因からも、それでやってこれた背景がありますが、その基本的な考え方を見直しましょう、というのが、ESGやSDGsの本質的なところなんじゃないか、と今のところ解釈しています。

  

 

今回の質問に対する回答は以上となります。
いつも最後までご覧いただき、ありがとうございます。

 

[Vo110. 2022/07/12配信号、執筆:石川英明]