Vol.116 社員が育ったなというタイミングで離職してしまう

今回のご相談内容

新卒や第二新卒など若い人材を中心に採用をしているのですが、採用した人材が育ってきたなというタイミングで転職していってしまいます。今の事業をしっかりまわせる状況を作り、新しい事業にどんどん挑戦していきたいのに、人が定着しないために組織が安定せず、スピードが出せないような状況です。

業界全体で社員の定着率が高くないというのはありますが、単純にこのまま毎年採用コストがかかり続けるのはしんどいです。人材の定着率を高めるためには、もっと採用に力をいれて、うちに合う人材を採用できるようにするべきなのか、入社してからの育成面で頑張るべきなのか、どのような観点で考えていけばいいのでしょうか。

石川からのご回答

転職が当たり前の時代の採用や人材育成

「この会社で働きたい、働き続けたい」という意識は、どこから生じてくるのでしょうか?

転職が当たり前になった時代において、社員は常に「もっといい職場はないか?」ということは意識してしまうことになります。

ネットやTVなどでは、大量の転職エージェント等の大量のCMが流れてきます。

「もっといい会社がある」
「もっといい条件の会社がある」
「あなたのぴったりの会社は他にある」

と、毎日のように語りかけてくるのです。

(個人的にはすごい時代になったものだなと思います。もし、離婚再婚が転職くらいの扱いになったら「もっとあなたにあったパートナーは他にいるはず」と、CMを流し続けているような状態と変わらないからです)

そのような時代においては、社員の側からすれば、転職はいつしてもおかしくない、普通のことです。

その社員が「いや、私は転職はしない。転職活動もしない。この会社で働き続ける」という状態をキープするには、会社(経営陣や人事部、管理職など)はどうしたらよいのでしょうか?

ちなみに、知り合いのコンサルティング会社の社長と飲んでいたときに、こんな話を聞きました。

「新卒を頑張って育てて、3年5年、やっと戦力になったというタイミングでやめちゃうんですよ」

「やっと、任せられて、こっちが少しはラクできるかなと思ったタイミングで」

「正直な気持ち、サッカー業界みたいに、移籍金とかもらわないとやってられないですよ」

この気持ちはこの気持ちで、ものすごく分かります。

しかしそれでも「転職します」と言われてしまうのが、当たり前になっているのがこの時代です。この時代なりの対策を考えないといけないのだなと思います。

組織の遠心力と求心力

私は、組織には遠心力求心力があると考えています。

遠心力というのは、組織の外側へ外側へ向かう力です。顧客に意識を向けて仕事をする、も遠心力ですし、「他社の方がもっとチャンスがある」と思うような意識も、遠心力です。

遠心力は健全なレベルで必要です。そうでないといわゆる「内向きな組織」になってしまいます。上司に言われたことだけやる、上司のご機嫌取りに終始する、そのような組織です。

ですから、遠心力は必要なのですが、対応する求心力が弱ければ、組織は崩壊していきます。簡単に言って離職者が増えます。遠心力を上回る適切な求心力が働いているからこそ、組織に人材が定着し、活躍してくれることになります。

「この会社で働いていたい」という求心力は、いくつかの要素で成り立っています。

A.このリーダーのもとで働きたい
B.この仲間たちと働きたい
C.この仕事内容(職種)で働きたい(成長したいも含む)
D.この待遇(給与、残業時間、有給所得率など)で働きたい
E.この文化・制度(リモートワーク、社員旅行など)で働きたい

代表的なものはこの5つになると思います。

実際に転職をする二大理由は「給料を上げたい」「上司と合わない」ですから、AとDはリテンション(離職防止)のためには重要な要素です。

会社は、社員のリテンション、定着を考えると、求心力の維持・向上を図り続ける必要があります。

社員の会社に求める要件はどんどん変化していく

社員のニーズは、ライフスタイルの変化などによりどんどんと変化していきます。

Aさんという社員からすると、例えば入社1年目では「優しい先輩」が最もニーズが強く、2年目では「任せられる機会」が最も重要になり、結婚をすると「給与」が重要になり、子どもが生まれると「有休取得率や残業時間の少なさ」を必要とするようになる・・・ということが起こります。

社員の求めるものに応え続けなければ、求心力は下がっていきます。

「放っておいても当社のために頑張り続けてくれる人材」がいれば、それは理想的でしょうが、転職が当たり前のこのご時世において、それを期待するのはかなり無理があります。

面接の段階では「御社の成長のために頑張ります!」とそれはもちろん内定欲しさに言うでしょうが、本音では「もっといい条件の会社があったらいつでも転職します」と思っているのが社員だと思います。

社員のニーズを考えたときに、マズローの欲求階層説は頭にあるといいと思います。

まず、一番根源的な欲求は生理的欲求(食べる、寝る)ですが、これが満たされていない社員はあまりいないだろうと思います。

次に出てくるのは「安心の欲求」ですが、これが満たされていない社員はいます。「自分は収入を得続けられるだろうか」「会社は倒産しないだろうか」と不安を感じている社員はいるのです。そういう社員に対しては「うちの会社は大丈夫だよ」「あなたの仕事もずっとあるよ」というメッセージが、求心力になります。

欲求階層説の本質は「満たされると次の欲求が現れてくる」ということです。なので、人間の欲求(ニーズ)は変化していきます。

安心の欲求の次は、所属の欲求ですが、これは「仲間がいる」「居場所がある」という状態です。これが満たせていない職場はたくさんあります。

ダニエルキムの成功循環における関係の質、心理的安全性といったものを高めておく必要があります。Strength Finderを実施して、Strengthの相互理解を行うなどもよいでしょう。Thanksの共有といった場を持つことも大変効果的です。

職場の人間関係が良好で、ストレスがなく、本音で議論できるし、自然と助け合える・・・そのような会社組織になっていたら、離職率はかなり抑えられます。「良好な人間関係」(A.このリーダーのもとで働きたい、B.この仲間たちと働きたい)は、強い求心力になりえます。

ちなみに欲求階層説のもう一つの本質は「根源的な欲求の方が強い」ということです。根源的な欲求が満たされれば上位の欲求が出てきますが、根源的な欲求が満たされていなければ、そちらの欲求が優先されます。

自我の欲求は、裁量が欲しいといったことになります。会社にとっては権限移譲、リモートワークなども含めた働き方の裁量付与・・・といったことが必要になってきます。

自己実現欲求は、マズローは「真善美の追求」と説明しています。自己実現欲求段階で初めて「社会に貢献する」「より良い社会を作る」といった欲求が湧いてくることになります。「会社の理念に共感して働いている」といった人材は、自己実現段階人材ですが、これらの人材は、根源的な4つの欲求を満たして現れてくるということになります。

社員の欲求(ニーズ)にどこまで応えるか?

応えなくてもいいのですが、応えなければ、よりよい条件の会社に転職してしまうだけです。

ある支援先の企業ですが、その会社は業界平均と比べるとかなり離職率が抑えられています。

社員の方々に話を聞くと、こういう台詞が出てきます。

「うちの会社が掲げている理念は気に入っています。そうだな、その為に働いているなって思います」

「社長のことを尊敬しています」
「直属の上司のことをとても信頼しています」

「給料は高くはないですけど、安くもないです」
「結構飲み会とかやって、社員同士は仲がいい方だと思います」

「建設の仕事がしたくてこの業界に入ってきたので、仕事内容は好きです」
「会社は、専門資格の取得とかはかなり応援してくれてます」
「残業が多かったり、忙しさの偏りがあったりするのは問題だと思います」

このようなセリフが社員の方から出てくるような「会社としてのアクション」をとり続けてきているからこそ、です。

「社員の定着」だけを考えれば、給与水準を高めることが簡単です。業界平均の2倍の給与を出していたら、なかなか離職しないだろうと思います。しかし、パフォーマンスの高い人材でいるかはまた別の話です。「給料が高いからいるけど、別に仕事にやる気はない」ということだって起こりえるからです。

「会社の成長に貢献したい」「自分を成長させて会社も成長させたい」

そのような意識状態であれば、それは真にエンゲージメントが高い状態だと言えると思いますが、それは「給料が高いから」だけでは起こらないのです。

多くの人材が、就職先、転職先を探す時に「この辺のエリアで」「この辺の業種・職種で」「給料はいくら以上で」という条件で探します。まず、満たしたいのはそういう欲求だということです。

ですから「この会社で働き続けよう」という社員が意識を持つのは、入社後です。入社後に、そのような意識を醸成できるかどうかが組織作りにおける勝負です。

仕事をしていて、例えばお客さんに感謝される。その体験を通して「この仕事の意義や価値」を実感します。そして、自社の仕事が好きになり、情熱が育まれて行きます。最初から「この会社のこの事業にめちゃくちゃ情熱があります!」という人材はなかなかいないでしょう。いたとしてもごく少数です。

トラブルが起きたときに、上司や同僚に助けてもらって「この仲間たちの素晴らしさ」を実感します。そして、自社の仲間が好きになり、もっといい仕事をしたいと思うようになります。入社する前から「この会社の人たちと一緒に仕事がしたいんです!」という人材はなかなかいないでしょう。いたとしてもごく少数です。

求心力を高め、組織を育んでいくのはなかなかの手間暇がかかります

しかしこの「転職当たり前時代」においては、この手間暇こそが、会社の競争要因の根幹の一つになりえます。

 
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[Vo116. 2023/07/11配信号、執筆:石川英明]